第二章 秋の夕暮れを染めるはレモネード

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 夕焼け染まる道を長く伸びた影が二つ並んでゆっくりと進んでいく。 「ねえ、梨奈。何かあった?」  長い黒髪を夕陽に照らされ茶色に輝かせながら、小首を(かし)げた陽子が尋ねてきた。 「何もないよ。どうして?」 「そう? 今日はいつもと何か違うような気がしたんだけどな」  陽子は前に向き直り、遠くを見つめる。その横顔はきっと誰が見てもかわいくて綺麗なものとして映るのだろう。  そんな陽子を見つめながら、私が抱いている陽子への羨望(せんぼう)や嫉妬、涼太への淡い恋心を陽子に勘付かれたくなくて――そして、そんな感情を陽子を警戒して、ひた隠しにしようと思っている自分のことが嫌で。 「そんなことよりもさ、陽子。いつもあそこの窓際に座って絵を描いてるの?」 「えっ? うん。雨の日とか以外は」  私が誤魔化すために変えた話題に、陽子は驚いた表情を向けながら答える。 「なになにー? そんなにいつもグラウンドの方を見ていたかったの? あそこから何を眺めていたのかなー?」  陽子の前に回り込み、後ろ向きに歩きながらわざとらしい口調と笑顔で尋ねる。その流れで自分に踏み込ませないために、こちらからもう少しだけ踏み込んでみることにした。 「もしかして……涼太のいる野球部、かな?」  陽子は目を伏せていたが、少しの沈黙のあと、すっと私の目を見つめてきた。その視線にチクリと胸が痛む。 「……うん、そうだよ。あと、梨奈のいる陸上部もね」  陽子は照れたような笑顔を浮かべながら答えるので、思わず足を止めてしまう。そんな私に合わせて陽子も立ち止まる。 「二人のがんばっている姿を見てるとね、私もがんばらなきゃって思うんだ」 「そう……なんだ」  陽子の言葉になんだかとても恥ずかしくなってくる。陽子の素直な言葉と、意地の悪い質問をした自分自身に。  きっと陽子の言ったことは本当のことで、私が気付いてしまった想いもまたそうなのだろう。  だから、私は気付いていることを気付かれないように前を向いてまた歩き始める。 「ねえ、梨奈。ちょっと寄っていかない?」  足元の道路が石畳に変わる少し手前にある店を指差しながら提案してきた。その店は小さいころから、駄菓子や飲み物を買ったり、おつかいで来ている個人商店で、学校帰りの寄り道場所でもあった。  陽子の提案に頷いて、店に入ると、 「いらっしゃい。梨奈ちゃんに陽子ちゃん。今、帰り?」  そう気さくに店を切り盛りしてるおばさんに声を掛けられる。おばさんはいつもこんな感じで、常連客、特に地域の子供に対しては優しい笑顔で声を掛けてくるのだ。誰に対しても明るく楽しい人で、大人の買い物客とは話し込んでいるのをよく見かけている。今は私たち以外には客がいないようだった。 「うん。今、帰りだよ」 「そっかそっか。二人ともゆっくり見ていってね」 「はーい」  私がいつもの調子でおばさんと言葉を交わし、陽子は隣で愛想笑いを浮かべながら会釈をしていた。そして、奥のドリンクコーナーに行き、ガラスの引き戸の前でどれにしようかと目を移ろわせていると、陽子は早々に炭酸飲料の缶ジュースに手を伸ばした。 「じゃあ、外で先に待ってるね」  陽子はそう言い残し、レジに会計をしに行った。自分も同じものでいいかなと手を伸ばしたとき、 「陽子ちゃんもこの炭酸好きねえ」  と、陽子に声を掛けるおばさんの声が聞こえてきた。その言葉に伸ばしかけた手をそっと引っ込めた。 「陽子ちゃん“も”、かあ……」  誰にも聞こえないように小声で呟きながら、同じ炭酸飲料が好きな涼太の姿がふっと脳裏によぎってしまう。  なんとなく選ぶものがなく、外の自動販売機で適当にスポーツドリンクでも買おうかなと思い、何も持たずにレジの横を抜けようとするとおばさんに声を掛けられた。 「梨奈ちゃんは、今日はいいの?」 「はい。なんか今の気分にあうものがなくて」 「そう? あっ、そうだ! 昨日、梨奈ちゃんの好きなレモネード入荷したのよ」  おばさんはレジ横の温かい飲み物が並ぶショーケースを指差す。そこには確かにコーヒーやお茶に混じり、レモネードが並んでいた。レモネードは寒い時期にしか入荷されないので、ちょっとだけ先取りしている感じでラッキーだと思った。そんな小さな幸運が沈みかけていた今の心境にはちょうどいいように思えた。 「じゃあ、それにしようかな」  少し熱いくらいに温まったレモネードのペットボトルを取り出し、会計を済ませる。  店から外に出ると、炭酸飲料に口をつけている陽子の姿が目に入った。少しは待っててくれてもいいのにと呆れながらも、炭酸飲料をグイっと飲んでいる姿は年相応に幼く見えた。私が(うらや)んだ女性らしさは鳴りを潜めていて、そんなことにホッとしてしまう。  陽子の方に一歩踏み出すと、建物の間から沈みかけの太陽の強い光の筋が目に入ってきた。思わず手に持ったレモネードの入ったペットボトルを目の前にかざした。  レモネード越しに見える夕焼けの色はいつもと同じ色に見えた。しかし、同じように見えても(いびつ)に揺れ動く世界に自分の心を重ね、手にした温かさだけに身を委ねる。  親友の恋を応援することも、自分の恋に盲目になることができない私は、ただ立ち止まるしかできなかった――。
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