麻衣side<幸せなひとときをきみに>

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「はいはい、そこまで~」 気の抜けた物言いで現れたのはwithオフィスの堰社長だった。 堰社長を見たご令嬢は一瞬顔をこわばらせたがすぐに笑顔になり 「今日は堰社長はいらっしゃらないって聞いていたのでつい海棠さんをそそのかしちゃいました」 と肩を軽く上げて「うふふ」と微笑んだが あざとい・・・・ ところが、堰社長は清太郎の従兄であるが、性格は正反対でかなり計算高い男だ。 「清ちゃんまで引き抜くのは勘弁してね、東福社長」 堰は後ろを振り返りご令嬢の父親である東福社長に向って微笑みながら軽い口調で言うとさらに話を続けた。 「高橋部長は本日付で懲戒解雇としました」 「「「え?」」」 その場に居た者の声が揃った。 「東福グループから随分と高橋部長本人に金が流れていたようですね、まぁ東福さん以外にもあったんですけどね、それでうちからも退職金をもらったついでに大口クライアントを抜いて転職しようとしてただけじゃなく、お嬢ちゃんを使って清ちゃんまで引っ張ろうとするとか、えげつないね~」 清太郎の表情が険しい、私といるときに怒る事がないため初めてみる表情だ。 なんとなく不安になって腕を掴むと、振り向いてから筋肉を緩めた。 東福社長は何も言わずに黙っているが、ご令嬢は眉を最大限までつり上げ 「変な言い方しないでください。単純に才能がある方を応援したいだけです。」 「新たに店舗デザインの会社を立ち上げるために清ちゃんを引き抜き、ついでに彼氏もゲットって思っていたんだろうけど、残念ながら清ちゃんは社長令嬢と逆玉とか興味は無いからね~」 ご令嬢は手を握り締めて怒りで身体が震えている。 「オレは会社を上手く統率することが出来なかったようだ。だから、例の件を受けることにするよ」 「よろしく、株式会社みすみ建設次期社長」 と言って堰社長が清太郎に握手を求めると、回りがざわつく。 「海棠さんが?」 「親父は婿養子になった訳では無く、みすみ建設は母方になるから」 ご令嬢は清太郎を見上げて固まっている、みすみ建設は公共事業や海外事業も行っている大企業だ、自分の武器であるお金や地位がまったく効かない相手だということに気付き、今までの態度が恥ずかしくなった。 「あ、あの私、帰ります」と言って走って出て行こうとしてドアの前で一度足がカクンとなりつつも消えていった。 「わ、わたしも帰るとするよ」 東福社長も落ち着いているフリをしつつも焦っているのがわかる。 お騒がせ父娘を見送りながら清太郎が「ふぅ」と息をはいてから、肩を抱かれて出窓のある席にエスコートされた。 「ここに座って」 言われるがまま内装に合わせた白の足長の椅子に腰掛けると、清太郎は私の前に跪いた。 「もっと、スマートにいくはずだったんだが・・・」 「でも、やっぱり清太郎らしいかも」 顔を見合わせて笑ったあと、清太郎は真顔になる。 「翔梧がフライングしてしまったが、俺はみすみに戻ってゆくゆくは親父の跡を継ぐことになる。きっと麻衣には苦労を掛けると思う。だけど、俺のそばにいてほしい」 そう言うと、先日一度もらった例の指輪をポケットから取り出しケースを開け 「俺と結婚して下さい」 「そしてこれを前回のプロポーズに上書きしてほしい」と二人以外にはわからない台詞をぼそりとささやく。 「別名で保存するけど、よろしくお願いします」 プロポーズに答えた途端、回りから拍手が起こる。 あの強烈な父娘に気をとられて忘れていたが、プレオープンで数人の招待客がいたのだった。 恥ずかしいと思っていると、白いシャツに黒のエプロンをした男性が数種類のべーリーを使用したケーキを持って来た。 「おめでとうございます、末永くお幸せに」 男性は、さらに清太郎に向って 「ありがとうございました。すてきなオープニングになりました」 「いや、その前にケチを付けてしまってすみません」 ポカンとしている私に「オーナーの坂下さん」と紹介してくれた。 坂下さんは店内をぐるりと見渡してから 「やっぱり海棠さんに頼んで良かった、天雲さんですよね」 「はい、すてきなお店ですね」 「ここのコンセプトは、好きな人と幸せなひとときを過ごしてほしい、そして好きな人へ気持ちが伝わってほしいというものなんです。」 「気持ちが伝わる・・・」 「海棠さんはこれから恋人同士になる人は告白が成功して、恋人同士はプロポーズが成功してさらなる幸せな時間を共有できるようになる場所になるといいと言ってました」 「そして、この店が完成したら恋人である天雲さんを連れてきたいと」 私は、清太郎の事を信じることが出来なくなって、その不安から別れる事ばかりを考えるようになった。でも、清太郎はずっと私のことを考えていたんだ。 清太郎を見ると、照れ隠しなのか口元を押さえている。 「清太郎って、本当に私のことが好きなのね」 「当たり前だろ、5年間ずっと大好きだよ」 まずはここで幸せなひとときを過ごそう
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