少年愛~冷たい愛し方~

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「僕が好きなのは君だ」  オールドローズ公爵オーキッド・シャトルーズは強かな目でそう言いました。そのチェリーのように色付いた唇から零れた言葉は甘い誘惑の毒を持っていました。  少女のように滑らかな白い肌、金色でしなやかな髪、エメラルドグリーンの宝石のような瞳。  それは誘惑でした。  そして甘い罠でした。  少女ウエスタリアは純粋でした。憧れ続けてきた公爵の誘いを断ることなどできません。勘ぐることなどあり得ません。歓喜して夢の館へと導かれ、されるがままに彼に身を委ねました。  そこで朱の花が咲き、少女の純潔は消えたのです。  彼女は喜びに満ち溢れました。その痛みに耐えることも苦ではなかったのです。  その夢のような恋物語は永遠に続くのでしょうか。 「僕が好きなのは君だ。でも、愛しているのは君じゃない」  突然のことでした。残酷なことにもその日は訪れたのです。覚めてしまった夢のように恋物語は儚く消えていきます。  彼女が咲かせた花は――  その清楚な少女が咲かせた朱の花は、散ってしまっただけでした。  彼にとってその花は咲いた時、その価値を失っていたのです。 「オーキッド様、あなたは心変わりされてしまったのですね?」  哀れなウエスタリアはすがるような瞳でオーキッドに問い掛けました。  終わらせたくなかったのです。  オーキッドの瞳は冷たく感情の無いガラス玉のようでした。そして 「僕は心変わりなどしてはいない。始めから一人の人に心を決めていた」  眉一つ動かさず、そう言っただけでした。 「それはいったい誰なのですか?」  ウエスタリアの胸を強い衝撃が襲い、瞳が大きく見開かれました。 「それを君に言う義務はない。君が清楚な乙女だから抱いたんだ。しかしもう、そうではなくなった。今の君に何の魅力も感じない」 「なんてことをおっしゃるの? そうなったのはあなたのせいよ。あなたが私の純潔を奪ったからよ!」  オーキッドの言い分に怒りがこみ上げ、同時に彼に操を捧げてしまったことへの後悔の念により、ウエスタリアの胸は張り裂けそうでした。しかし感情を高ぶらせる彼女に対し 「そうだな。しかし、もうお別れだ」  彼はあまりに情がない言葉しか発しません。 「私を捨てると言うの?」 「そう言ってないか?」 「……なんて理不尽な人なのかしら!? あなたは男として……いえ、人間として最低だわ。純粋な乙女心を弄び、純潔を汚して捨てるなんて……悪魔だわ!」 「それを見抜けなかった君が悪い」  オーキッドは強かに微笑しました。  そのチェリー色の唇は毒の果実だったのです。  彼女を狂わせたその真っ赤な舌は痺れ薬に違いありません。  そのエメラルドの宝石のような瞳はまやかしでしょう。  甘い吐息は麻酔薬。甘い言葉は催眠術。甘い微笑に溶けて行き。溶けて我を失う……  気付いた時には甘い蜂蜜を塗られ、鼠にかじられた無残なパンケーキ  それは食べる価値のない物  そして無残に捨てられる  哀れなウエスタリアはどうなってしまうのでしょう。彼女は…… 「オーキッド様、私を“二番目の女”にしてください」 “強か”でした。  一度味わった甘い果実の味覚を忘れることができなかったのです。  それをもっともっと味わいたかったのです。  甘い誘惑に、まるで蜂蜜漬けにされてしまったように。 「君はどれほど自分が愚かであるか分かっているのか?」 「勿論、分かってますわ」 「ああ、なんて女なんだ君は。そこまでして僕を苦しめたいのか?」 「いいえ、私はただあなたが欲しいだけ。その為なら惨めでも、愚かでもいい」 「そこまで言うのなら仕方がない」  そう言った彼はやはり  “強かな”微笑をしていました。  そしてその晩、彼は愛し合ったのです。 「僕が愛しているのはお前だけだよ」  彼は甘い言葉を吐きました。天蓋つきのベッドの上で“愛しい人”に愛の言葉を…… 「オーキッド様、またどこかでお戯れをなさいましたね?」  低い声でそう返したのは側仕えのバーミリオンです。彼は黒髪に、青みを帯びて濡れたような艶のある黒い瞳の美青年です。着痩せして見えるその身体は服を脱ぐと意外にも逞しく、まだまだ成長途中のオーキッドの身体と比べると更に際立って見えます。 「バーミリオン、お前は何でもお見通しだな?」  伏目がちに彼の髪を後ろに撫で付けながら、オーキッドは言いました。 「私はオーキッド様に長く使えておりますので」 「そうか……」  美しい側使えの顔を両手で包み込み、オーキッドは短い口付けをしました。バーミリオンは話を続けます。 「そして貴方が愛を囁くのは情事の後と決まっています。私と寝る前にどなたかとなさった証拠でしょう」  バーミリオンは強かな微笑を見せます。それは嫉妬ではなく、挑発的な笑みでした。彼は“優位”に立っていたのです。 「そんなことに気付いても嫉妬しないのか? 僕が抱いた女を憎まないのか?」  オーキッドはその挑発に挑発で返しました。 「……」  バーミリオンの瞳が鋭く光ります。そして彼はオーキッドのシャツを捲り上げました。するとチェリーに似た色の二つの宝石が姿を現し、彼はそれに舌を出します。  彼はそれが好きでした。日焼けした褐色の逞しさではなく、この白くひ弱にも見える滑らかな少年の肌に、柔らかに色付く二つの宝石――  いいえ、これも果実でしょう。  それは味覚を刺激して唾液が口に込み上げます。 「お前はこれが好きだな」  オーキッドは強かに微笑しました。まるで獣を手懐けたかのように勝ち誇り。  獣と化したバーミリオンは言葉を発しなくなりました。呼吸は熱を帯び、激しさを増して行きます。  やがてその動きは傲慢さを加速させ、猛獣使いの彼を喰いあさり―― 「痛……っ! 乱暴だぞ。もう少し加減してやれ」  彼は限度を超えてしまいました。ひ弱な果実をかじってしまったのです。 「荒れてるのか?」  オーキッドは彼に挑発的な眼差しを向けました。その憎らしげなグリーンの宝石は彼に憎悪を与え、彼はその憎悪を主人に向け、息が出来ぬほど激しく唇を吸ったのです。 「……っ」  たちまちオーキッドは苦しみ、目眩を覚えました。  一瞬見せたそのひ弱な少年の表情をバーミリオンは見逃しません。  彼は優越感を味わいました。  猛獣使いを食らう猛獣として……
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