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「なあ、怖いものってあるか?」
俺の言葉に、友人が妙な顔をした。
「大学生青春真っ盛りの男が、二人きりで鍋を囲んで時間を浪費してるっていう現実が怖い」
よく煮えた冷凍肉団子600グラム200円中国産を口に運ぶ友人は一浪して今年大学二年生。
俺はと言うと、現役合格で大学二年生。
一学年からの付き合いで、二人とも彼女はいない。
ホモでもない。
「いやいや、そういう話じゃなくて」
と言いながらも、俺は、もしかしたらそういう話なのかもと、頭の中で考える。
「じゃあ、まんじゅう怖い的な?」
「なんで微妙にひねってくるんだよ。
もっとストレートに怖い話だよ」
まんじゅう怖いは、古典落語の一つだ。
簡単に説明すると、まんじゅう好きがまんじゅう怖いって嘘ついたら、みんながまんじゅうをもってきてくれる。
調子に乗ってまんじゅう食いまくってたら、嘘がばれて本当に怖いものは何だと問われる。
今は食後のお茶が怖いだかなんだか言って、オチという。
俺の要約じゃ、面白さが伝わらないな。
まんじゅう怖いって言いながら、本当はまんじゅう大好きっていうのが肝だ。
つまり、今の友人の発言は俺が友人にまんじゅう怖いの要領でなにかねだろうとしているのではないかという邪推だ。
「ふうん。幽霊でも見たかよ」
友人が、少しだけ居住まいを正した。
鍋の肴に、俺の話を聞いてやろうという気になったらしい。
俺は、先程起こったことを、脳内で再生する。
あの時の彼らの声。姿。
あの時の風の冷たさ。
あの時の匂い。
すべてが、鮮明に思い出される。
彼らに比べれば。
幽霊の方が、いくらかましだったかもしれない。
俺は、一息ついてから口を開いた。
「さっき、鍋の材料を買いに行った時のことなんだけど。
いつもの河川敷を通ったら、妙な集団がいたんだ」
「妙な集団?」
「ああ、男女20人くらいで、年頃は俺らと変わらないくらいだった。
奴らは河川敷でひとかたまりになっていて、その中心は俺には見えなかった」
友人の眉がぴくりとはねた。
俺の語り口に何かを感じるものがあったのかもしれない。
「その集団の中心からは、煙のようなものが立ち上ってた。
何かを焼いてるように見えた」
「BBQだろ」
「黒々とした炭が宙に舞っていた。
そして、何か生き物を焼くような匂いが漂ってた」
「だから、河川敷でBBQしてたんだろ。肉焼いてたんだろ」
「彼らは火を中心に、時にウエーイと言う謎の奇声を上げ、笑い合っていた」
「リア充のBBQだよ。パリピのBBQだよ」
友人のあきれたような相の手を無視して、俺は話を続ける。
一度口を閉ざしてしまえば、二度とこの話はできない気がした。
そして、この話を自分一人の腹の内にしまっておくことなんてできない。あと少し。
「いぶかしく思いながら、俺は彼らから背を向けて歩き出した。
北風が冷たくてさっさと部屋に入らないと凍えそうだった」
風が吹いていたのだ。
風さえ吹いていなければ、俺はあんなものを聞かなくてすんだのに。
友人は、鍋の中から肉団子を探す作業へと戻っていた。
「彼らのうちの一人が言った。「BBQ最高!」って」
その時、風向きが変わったのだ。
まるで彼らの言葉を、俺に届けるかのように。
「やっぱりBBQじゃねえか。
まんじゅう怖いじゃねえか。
リア充怖いって話だろ。
心配しなくても春になって新入生が入ってくりゃ、俺らだってリア充の仲間入りだよ」
「「本当にな。こんな真っ昼間から死体の処理ができるなんて、BBQって最高だよな」って」
本来なら聞こえないはずの言葉だった。
いたずらな風という表現があるが、いたずらというにはあまりにも悪意に満ちた風だった。
「マジかよ」
友人が、ごくりとつばを飲んだ。
「聞き間違えの可能性は?」
「勿論ある」
「じゃあ、そうだよ。じゃないと、本当に怖い話じゃねえか」
「だ、だよな。
いや、俺も誰かにそう言ってほしくてさ」
「俺を巻き添えにすんなよ」
「悪かったって」
コン。コン。
「こんにちはあ」
玄関からノックの音を、どこかで聞いたような声が聞こえた。
郵便の配達は今日はないはずだ。
俺と友人は、二人で顔を見合わせた。
「そこの河川敷でお兄さん。目が合いましたよね」
友人が、ぎょっとした顔で俺を見た。
確かに驚いて、彼らの方を振り返ってしまった。
けど、本当に一瞬だったのだ。
一瞬。ちょっと。瞬きくらい。
後ろを見ただけだったのだ。
「良かったら。一緒にBBQしませんか。
友達もみんなお兄さんとBBQしたいって言ってて。
な、みんな」
玄関の向こうで、ベランダの外から「ウエーイ」という声が聞こえる。
「後片付けは、こちらでするのでご心配なく」
リア充怖い。
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