01.ひとみだけで、笑った

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01.ひとみだけで、笑った

 春の風で舞い散る桜は、キャンパスまでの道を桃色に染める。見上げれば桃色、春の色一色だった。  自然と笑みがこぼれ、春の空気を胸一杯に吸い込む。  この時期は新歓期と重なることもあり、キャンパス内は人で溢れかえっていた。プラカードを持つ人、チラシを配る人、着ぐるみを着たり部活道の格好をしている人など様々だ。新入生も在学生もどこか浮き足だって見えるのは、やっぱり春特有の高揚感みたいなものがあるんじゃないかと思う。  わたしはそんな賑わいを横目に、歩き慣れたキャンパス内を進んでいく。敷き詰められた石畳を歩くと、コツコツコツとショートブーツの奏でる音が心地良い。  大学のメインストリートから外れると、あの喧騒も遠くに感じる。特にここ、図書館は我関せずといった雰囲気を漂わせていて、いつもと変わらない、静寂さと緊張感を兼ね備えている。大学内でも緑豊かな環境に建つ図書館は静かに佇んでいて、あの喧騒を思うと逆に異質な感じさえしてくる。  わたしはいつものように図書館に入り、2階へ続く階段を上る。階段を上りながら1階を見下ろすと人の姿はほとんどなく、司書もカウンター内に腰掛け本を読み耽っている。  ——こんな時期に図書館利用する人なんて稀だろうな。  そして2階へ着くとすぐ、身体はとある方向を向く。そこには今日も例に違わず、1人の男の子が座っていた——そう、彼は稀な人物の1人だ。  広い自習スペースの、日当たりの良い窓際の隅が彼の定位置である。窓から入る太陽の光に揺れる漆黒の髪と黒縁の眼鏡は、彼を形容するのに必要な要素の1つだと思う。黙々と机に向かう彼の姿は出会ってから変わることがない。  そしてそんなわたしも、変わらずいつものように彼の対面に座り、何をするわけでもなく窓からの景色を眺めることが日課になっている。
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