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幼い私はその後も塔と男とに興味を抱いていた。だからクラスメートにまたあの塔に来よう、今度は昼にでもと誘ったのだが、他の子どもたちはそれを聞いて嫌そうな反応をした。それで私は他者に対して、塔や男に対する好奇心をしまい込むことに決めた。私は暇があればこの塔に出掛けていた。私以外にも、幾人の大人が塔のもとを訪れていることがあった。彼らはなにかを呟いていたり、私に「仲間だね」と声掛けたりしていた。私は特に彼らの仲間になりたくはなかったから、大した受け応えをせず、近づかず、彼らの存在を感じないように心掛けた。老齢の男は彼らにも私にも、なんの所作も関心も持たなかった。塔に触れさえしなければ怒鳴ることもなさそうだった。男は私たちの仲間になりたいとは思わないのだな、と幼い私は解釈した。それで私はより、この男のことが気に入った。
男が箱を運ぶときに、箱の欠片がぽろと落ちたりすることがあった。木片、鉄片、ゴミの欠片。一度コインが零れたことがあったのだが、そのコインが地面を這っていたアリの上に落ちた。そこにはアリの死骸が死んでいた。コインは二つの面を互い互いに反転させながら地面に落下し、転がり、やがてひとつの面を向いて静寂した。このコインが箱に付いていたとき、どちらの面を向いていたのかは分からない。が、もしも箱に付いていた時と地面に付いていた時の面が一致していたとき、それは同じ面ではなく、先の回転によって一度反対を経由した上での面であり、到底同じ面とは言えぬ代物なのだ、ということを考えた記憶があった。が、幼い日の記憶なので、それは単に後から捏造された情景なのかもしれなかった。真実か否か、それは分からないが、その記憶はずいぶんはっきりと、私を捉えて離しはしなかった。
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