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今までの女子とは異なり、その飛翔のスピードはゆるやかな彼女。それでも俺は少し苦労したが、何とか彼女に追いつくことができた。
くそっ、翅が傷ついていなければ容易に追いつけたのに。もしかして俺たちのシーズンが終わりに近づいているから、女子も交尾のできない弱い子しか残っていないというのか……。だが、弱い彼女に弱い俺、お似合いのカップルじゃないか。
俺たちは手頃な木の枝に留まり、向き合うことができた。視力が悪いのでよく見えないが、触角を動かしてその存在を感じることはできる。今まで出会ったどんな女子よりも強くて美しい気がした。こんなにすごい子が、どうして……?
しばらく触角を動かしていた彼女が言う。
「やっと強い男子を見つけた」
「……?」
意味がわからないまま、俺は恐る恐る彼女を背後から抱きかかえる。拒絶されなかったということは、俺の求愛が認められたということなのか?
「ずっと強い男子を探していたの」
「強い……男子?」
俺は身体の一部を彼女と結合する。受け入れてくれる彼女。
「ずっとあなたのことを見ていたの。あなたはとても勇敢だった。自分よりも強いスズメバチにも果敢に挑んで、弱い虫たちを守っていたわ」
俺たちはつながったまま、葉の裏に移動する。あたりはすっかりと暗くなっていて、やっと俺たちにとっては心が安らぐ時間だ。
「ちょっと待って、寝ちゃだめ」
つい意識を手放しそうになった俺は、彼女の鋭い声で目を覚ます。
「……うん、起きてるよ」
そう返事をしながら、今更やる気の出てきた俺。
「大丈夫。さっき一瞬だけ寝たから」
ふふっと彼女が笑う。
「もう。……そういうところも好きなの」
彼女が長い長い話をしてくれた。俺は彼女とつながっているという気持ちよさに半分うつつになりながら聴く。
「あたしは、ずっと強い男子を探していた。だけど、みんな弱いものたちばかり。あたしがちょっと本気になって飛翔スピードを上げると、ついてこられないものたちばかりね。そんな中、弱い虫たちを守るあなたの姿が目に入ったの。しばらく見ていると、スズメバチでさえ追い払うじゃない。あたしはそんなあなたに恋をしたわ」
心地よい夢の中でまどろんでいるようだった。きっと俺にとっては彼女が最初で最後の相手になるのだろう。ちゃんと彼女の話を聴きたい。俺は意識を彼女に向ける。
「でも、翅が傷ついたあなたはあたしのスピードには到底ついてこられない」
ほらやっぱり。俺は彼女に情けをかけてもらわないとカップルにはなれなかったんだ。
「……ごめんな。こんな俺しか残ってなくて」
自虐的に言った俺に、彼女は唇を尖らせる。……唇のない俺たち。そんな感じがしただけだ。
「もう。何もわかってない。あなただからよかったのよ……」
「俺だから?」
「そう。弱いものたちを守って、自分よりも強いものに立ち向かうあなたの姿が、あたしにとっては一番かっこよく映ったの」
彼女と結合しながら、俺は意識を手放したり覚醒したり。もう生命の限界に近づいてきていることも自覚している。だが、俺は最後まで彼女としていることを成し遂げたい。
最後の力を振り絞り、彼女の話を聴く。
「だから、あたしにとってあなたは蝶目最強男子」
ふっと意識を手放しそうになった。そうか、俺は蝶目最強女子に見初められてカップルになっている。そしてきっと、彼女は立派に俺たちの卵を産んでくれる。
「……じゃあ、俺たちの子どもは、金メダル選手になれるかな……」
「なれるよ。だって日の丸を背負うあたしたちだもん」
ふふっと俺は笑うことができた。俺たちの息子や娘は金メダル選手だ。
「でも、ボディビルかレスリングかはわからないけど」
どっちだっていい。彼女が生き延びて卵を産んでさえくれれば。
もう限界がきている俺に向かって彼女が言う。
「ありがとう。あたしと出会ってくれて。あたし、あなたとの卵をたくさん産むから」
「……うん。俺の方こそありがと……」
彼女とつながっている力さえ保つことができず、俺は落下する。
だが嬉しかったんだ。この姿になって二週間あまりで俺は数々の偉業を成し遂げることができた。日本代表としてスズメバチから弱い虫たちを救ったこと、そして蝶目最強女子と知り合って子孫を残せそうなこと。
キラキラと輝く金メダル。俺はその光に導かれながら、高いところに召されていく。
<了>
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