立冬

1/1
前へ
/27ページ
次へ

立冬

 厚みを帯びた楕円形の葉。その先端はとがっている。僕はむしゃむしゃと葉にかじりつく。エノキおじさんの葉はどうしてこんなに美味しいのだろう。生まれた時から僕はこの葉ばかり食べているが、飽きることはない。  僕はゴマダラチョウの幼虫。緑色の身体につぶらな眼、一対の大きなツノを持つ。葉を食べ続けた結果、体長四センチほどに成長した。真正面から見た時の僕の顔がかわいいと評判なので、もしかしたらみなさんも見たことがあるかもしれない。  時々、僕が葉を食べておじさんは痛くなったりしないのだろうかと心配する。だから僕はおじさんに訊く。 ――おじさん、いつも美味しい葉っぱをありがとう。でもおじさんは痛くない?  おじさんからの返事はない。だけど、葉をさわさわと揺らしてくれる。その振動はとても優しくて気持ちがいい。「しっかりお食べ」という声が聞こえてくるかのようだ。そんな日は僕も嬉しくなって、いつもよりたくさん食べる。  だけど最近、おじさんの葉がおかしくなってきた。前は緑色で艶のある葉が、今では黄色くなってきている。それに比例するかのように僕の身体にも異変が生じた。僕の身体はいつの間にか茶色くなってきていた。  僕とおじさんの異変はどんどん続く。いつしかおじさんの葉は茶色になり、やがてはらはらと風に舞って落ちていった。僕は僕で前のようには動けなくなり、それにとても眠い。  僕は焦った。このまま僕は死んじゃうの? おじさんも死んじゃうの?  その時、とても懐かしい感覚を覚えた。風を受けて葉が揺れるのではなく、おじさんが優しく揺すってくれる感覚。僕がいる隣の葉が、ひらひらと落ちていくのが見えた。何だかとても気持ちのいい予感。  ああそうだとひらめいた。  僕は葉から枝を伝って、幹に到達する。始めて這う幹はざらざらとした質感で、僕にとっては少しくすぐったい。おじさんが落としてくれた葉に向かって、僕は下へ下へと下りていく。  やがて僕はおじさんの根元まで来た。そこに広がるのは、おじさんの葉が敷き詰まった気持ちよさそうな空間。  やっと僕はすべきことを思い出した。これから寒い冬を迎える。僕はおじさんが用意してくれた葉のベッドでしばらくの休息をとるのだ。  僕は茶色の落ち葉の裏に寝床をとった。ふかふかとしてとても気持ちがいい。つい意識を手放してしまいそうになったが、おじさんに言うべきことがある。 ――おじさんのベッド、とっても気持ちがいいよ。春までぐっすり寝られそう。おやすみ……。  風も吹いていないのに、幾重にも葉が重なってきたのを体感する。おじさんが僕の姿をまた隠してくれたんだ。心の底から安堵した僕は、今度こそ意識を手放した。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加