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秋分
「お兄ちゃん、この葉っぱ苦い。僕、食べたくない……」
隣で草を食んでいる弟のサトシが弱音を吐く。またか……。サトシは、いつもこの調子だ。ため息を飲み込み、俺はサトシに言い聞かせる。
「この前も言っただろ? これを食べたら、強くなれるんだ。お前は、強くなりたくないのか?」
「なりたい」
「じゃあ苦くても我慢して食べるんだ」
やっとサトシはしぶしぶといった様子であったが、葉を食べ始めた。俺も葉にかぶりつく。……確かに美味しいとはいえない。
俺たちがせっせと食べているのはキジョランの葉。ガガイモ科のつる性の植物だ。丸みを帯びた葉の先が少しとがっているのが特徴。
どうして俺たちが美味しいとはいえないものをせっせと食べるか。それはキジョランが有毒だからだ。俺たちは毒を体内に取り込むことによって、外敵から身を守っているのだ。
「ようアツシ、お前の弟は相変わらず弱っちいな。そんなんで大丈夫なのか?」
大きな身体をぶつけるようにして近づいてきたマサトが挑発半分心配半分といった様子で声をかけてきた。気の弱いサトシは俺の背中にぴったりと身を寄せておびえた。
「お前は気にせず、葉を食ってろ」
サトシに声をかける。サトシが再び葉を食べ出したのを確認してから、俺はマサトに向き直った。
「大丈夫だって。その時までには、ちゃんとコンディションを整えるようにするから」
「このまま弱っちいままだったら、容赦なく置いてくからな」
「ああ。その時はその時で、ふたりで行くから」
俺の返事を聞かないまま、マサトは傍の葉に移動して食事を始めた。マサトは決して美味しいとはいえない葉なのに、美味しそうにむしゃむしゃと食べている。全く図太いやつだ。
マサトなんかに負けてはいられない。何といっても身体の大きい者がリーダーになる習わしだ。俺とマサトは互角の体格。俺は何としてでもリーダー争いに勝ちたかった。俺がリーダーになってサトシを守ってやらないと……。
「お兄ちゃん、僕のことはいいから。弱い僕が悪いんだから、お兄ちゃんはみんなと一緒に行ってね」
軽々しくそんなことを言うサトシに腹が立つ。こいつは、これから俺たちが担う仕事がどんなに大変で尊いものか、これっぽちもわかっていない。
「だから! お前は黙ってたくさん食って大きくなればいいんだよ!」
ついイライラとした口調で怒鳴ってしまった。サトシはヒッとおびえて身体を縮める。だがさすがに本能レベルでは理解しているのか、キジョランの葉に向き直って食べ始めた。
俺もうかうかしてはいられない。葉を食べようとした時だった。
「そんなにサトシくんをいじめちゃだめ。サトシくんだって、一生懸命強くなるために頑張ってるんだから」
仲間内で一番の美少女であるランだ。俺たちの身体は黒地に小さな白い紋と大きな黄色い紋が散らばっているが、ランの黄色い紋は目を見張るほど美しい。俺は人知れずランに恋をしている。……おそらくマサトも。
俺はまともにランを見つめられないまま、返事をする。
「でも……。このままじゃサトシは長旅に耐えられそうにない」
「大丈夫よ。あたしたちがサトシくんを守ってあげるから。女子の結束力をなめちゃいけないわ」
「そんなわけにはいかないよ」
ランは黄色い紋を見せつけるように俺に身体を向けた。その妖艶な姿に、俺はくらくらとしてしまう。まだ少女なのにこれほどまでに美しいラン。大人になって姿を変えた時、俺は直視できるのだろうか。
「あたしはね、アツシのことも心配なのよ。もっと自分のことを考えてもいいんじゃないかって」
「ありがとう。でも俺たち兄弟の問題だから。みんなに迷惑かけるわけにはいかないよ」
「相変わらず頑なね。まあ、サトシくんは女子の間ではかわいいって人気なの。あたしたちは見捨てるつもりはないから、それだけは覚えておいて」
そう言うと、ランは尻を振りながら去っていった。俺はその姿を見えなくなるまで見つめていた。
キジョランの葉を一口かみ、俺は考える。俺が考えすぎなのか、ランが楽観視しすぎなのか。だが長旅を控えた今、慎重になりすぎて悪いことはあるまい。そして、ちょっとかっこつけたことを言って、ランの気を引こうとしたことも確かだ。俺はマサトとのリーダー争いに勝って、ランとカップルになりたい。
俺たちはアサギマダラという蝶の幼虫だ。今はどこへも行けずに葉を食べるばかりだが、短い睡眠を経て飛翔という能力を得る時、俺たちには尊い使命が待っている。ゆうに1000キロを超える旅。晴れてリーダーに就任した暁には、俺は群れを安全に目的地まで誘導するという大役を担う。だから、俺はもっと強く大きくならなければならないし、サトシを立派な成虫にしなければならない。
ふとサトシを見やる。葉を食べ疲れたのか眠っていた。だが、丸く空いた葉の面積を見るとサトシは頑張ったようだ。
俺はサトシの身体をかばうように寄り添い、残った葉を食べ始めた。
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