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どうして、矢車の口からそんな言葉を聞かないといけないのか。
松葉瀬はそれがどうしても許せず、思わず……庇うような言葉を口にしてしまった。
すかさず、矢車は口角を上げる。
「あれぇ? センパイ、今日は随分とおセンチなんですねぇ? 傲慢で身勝手で、人類最大の汚点みたいな生き様……やっと改めたんですかぁ?」
「うるせェ黙れ人類史の恥」
ほんの少しいつもと違うことを言ってみれば、矢車はすぐに、松葉瀬をからかう。
「弱そうなボクが、誰かにいじめられたり虐げられたりするの……センパイはイヤなんですかぁ? それで、ボクがボク自身を貶めるのもイヤなんですねぇ? あれれぇ? もしかして、ボクってセンパイにとってか~な~り! カワイイ後輩ポジですかぁ?」
「その腐りきった脳みそ、砕いてやろうか」
止めていた手を、矢車の頭へ伸ばす。
指先でグッと強く頭を押さえ込むと、矢車は楽しそうに笑った。
「あははっ、やだぁ! センパイに撫でられちゃいますぅ!」
「誰が――」
指先に、矢車の髪が触れる。
その髪はサラサラとしていて……何とも、触り心地がいい。
(……まぁ、俺が撫でたら……どうせコイツは『絶望的』とか言って笑うんだろうな)
――いっそ、絶望させるのも悪くはない。
そう思った松葉瀬は、指先に込めた力を緩める。
そして、おもむろに。
「――はぇ、っ?」
矢車の頭を、優しく撫でてみた。
「オラ、どうした絶望中毒。サッサとビッチくせェ声出して、絶望し――」
どんな表情をしているのかと、松葉瀬は矢車の顔を覗き込む。
――すると、予想外の表情が視界に飛び込んできた。
「や、え……っ?」
頬は、赤く染まり。
髪から覗く耳も、うっすらと赤くなっている。
矢車はひたすら戸惑い、忙しなく視線を泳がせていた。
松葉瀬はすぐに、矢車の頭から手を放す。
それと同時に、矢車は俯いた。
「……よ、よく、分からなかった……です。……な、ので、その……もっ、もう一回、してみたら……いいと、思います……はい」
矢車がそう言うのと、同時に。
――ふわりと、甘い香りが広がった。
「……何で今、このタイミングで発情したんだよ……クソ淫乱」
「や、えっと……何で、ですかねぇ……?」
まるで初々しい少女のように、矢車は自分の両手を合わせて、モジモジと恥じらっている。
「センパイが、変なことするから……ガッカリしちゃって、絶望しちゃったのかなぁ……なんて? それとも、あはは……もしかしてボクたち、運命の番だったり?」
「動揺してワケわかんねェことばっか言うんじゃねェよ」
「誰のせいだと思ってるんですか……っ」
憤りかけた矢車の頭に、松葉瀬はもう一度手をのせた。
すぐさま、矢車が黙り込む。
(何だ、この気分……?)
――何となく、もう少しだけ、こうしていたい。
言葉にできない妙な気持ちになりながら、松葉瀬は再度、矢車の頭を撫でてみた。
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