266人が本棚に入れています
本棚に追加
人の頭を優しく撫でた経験なんて、松葉瀬にはない。
そもそも松葉瀬は、誰かに優しくしようと思ってできるようなタイプでもなかった。
自分勝手で、人の思い通りに動くことを疎む。
だからこそ松葉瀬は、矢車の頭を乱暴に撫でた。
「ん……っ」
それでも、矢車は気持ち良さそうに目を閉じている。
その様子がどうにもくすぐったくて、松葉瀬は矢車の耳に、指を伸ばした。
ある意味で……先日、酔っ払った矢車が耳を噛んできたことへの報復でもある。
「あ、っ」
ピクリ、と。
矢車の肩が、小さく跳ねた。
「耳、たぶ……ん、っ。もっと、グリグリして……ください、っ」
「……こうかよ」
「んっ、気持ちいぃ……あ、頭も、空いてる方の手で……ワシャワシャしたら、いいと思います……っ」
「強欲だな」
言われた通り、松葉瀬はもう片方の手を矢車の頭に伸ばす。
片方の手で頭を撫で、もう片方の手で耳を弄ぶためだ。
「は……ん、っ」
驚くほど、矢車は大人しかった。
――だからこそ、松葉瀬は無意識に考えてしまったのだ。
(――何だ……? コイツも、普通に可愛い反応ができるのか)
そんな、普段の松葉瀬なら絶対に抱かないであろう感想を。
――自分の考えに、松葉瀬はゾッとした。
(――『可愛い』って、何だよ……ッ? この、ヘンタイがか?)
驚きを隠すために、耳たぶを強めに握る。
「ひゃ、う……っ。も、もっと優しくしてください……っ」
文句をつけられ、松葉瀬は少しだけ落ち着く。
(そうだ……コイツはふてぶてしくて、可愛げのねェ……クソみたいな後輩だろォが。……断じて、可愛くない)
両手を放し、矢車を弄くることを中断する。
そうすると物足りないのか……矢車が潤んだ瞳で、松葉瀬を見つめた。
「センパイ……っ? もう、おしまい……ですかぁ?」
セックスのとき。矢車の強請る顔と言えば、この表情だ。初めて見たわけじゃない。
それなのに松葉瀬は、どうしたって……落ち着かない。
(調子、狂うな……ッ)
何となく、いつもより色っぽく見えて……そそられる。
『もしかしてボクたち、運命の番だったり?』
さっきの言葉は、深い意味のないものだ。
――【運命の番】だなんて、迷信に決まっている。
それなのに、今の矢車は。
「……もっと、シて……っ?」
いつもと同じく、淫らでどうしようもないオスなのに。
松葉瀬の目には……輝いて、見えたのだ。
「……続き。されてェなら、自分で跨れや」
矢車と向き合い、松葉瀬はぶっきらぼうにそう吐き捨てる。
その言葉を受けて、矢車がどんな行動をとるか。
それらを、分かっていながら。
最初のコメントを投稿しよう!