2海苔王子、第三の女に遭遇

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2海苔王子、第三の女に遭遇

 美津雄に対する女の反応は二通りに分かれる。  面と向かってチヤホヤするおばちゃん系。若い女にもおばちゃん系はたくさんいる。あともうひとつは、チラチラ見たりして気になるんだけど口に出せなかったり、敢えて反発しちゃったりする乙女系。  男は見かけじゃない、中身だ、優しさだ、なんていうのは男の幻想だ。女はきれいな顔の男が好きだ。  そして昨晩、そのふたつの分類に当てはまらない、第三の女が美津雄の前に現れた。  きれいなカールを描くブラウンがかったロングヘアに、白い肌、くるくるの長い睫毛、そしてふわっとした大きな胸を持つ綿菓子のような彼女はこう言った。 『藤山さんみたいに、女のひとからちやほやされてきた男性(ひと)って下手そうなんだもん』  彼女にとっては顔の美醜ではなく、セックスの上手下手が大切らしい。合コンでは美津雄に見向きもせず、お世辞にもかっこいいとはいえない谷口先輩とひたすらしゃべっていた。  谷口は海苔問屋の中でも面倒見がよく、皆から慕われている人格者だ。ただ、三十にして後頭部が薄く、落武者のような風情で、未だに独身。和花子は、その中身を見抜いたようだ。  すごい。  そんな彼女にセックス下手を見抜かれた美津雄。  確かに、今までの美津雄のセックスは受け身だった。面倒だから女の服を脱がしたりせず、女に脱いでもらって、はい、挿入! ジエンド、といった具合だ。  だからといって言われっ放しでは口惜しかった。美津雄は咄嗟に和花子の腕を掴んで『じゃあ、試してみて下さいよ』と見得を切っていた。  こうなったら、メディアやネットで見た知識を総動員でやってみるしかない。その甲斐あって、和花子は涙ぐみ、腰をくねらせ……ものすごく艶めかしくなってしまった。  しかも『こんなに上手いの初めて』という最高の褒め言葉までくれた。  そのとき、美津雄の心中に、今までのセックスでは体験したことのない歓喜の音色が大音量で響き渡った。もちろん、それだけではなく、実際、彼女の中はとてつもなく気持ちよかった。  この() とつきあうことにしよう。和花子だって、こんなに悦んでいるんだから、断らないだろう。美津雄はそんな気持ちで眠りに落ちた。  それなのに朝起きると、和花子はいなくなっていた。  置き手紙を読み、つきあう気がさらさらないことがわかった。しかもホテル代まで支払われていた。これは、他人に借りを作りたくないということだ。あんなに熱い視線を向けておいて、すごい勢いで他人になろうとしている。  ――どういうことだ?  気づいたら二日後の夜、責任取ってなんていう女々しいメールをする羽目になっていた。江戸時代から続いている藤山家の嫡男としたことが由々しき事態である。  そんなわけで、出会いから三日目の夜、男らしい綿菓子ちゃんとホテルのイタリアンカフェにいる美津雄だった。ちなみに東京一流ホテル新御三家といわれる、新宿のパークエレガントホテルだ。  美津雄がメールで、ホテルのレストランのどこがいいかを訊いたら、ロビー階のイタリアンカフェがいいという返信をもらったのでここにいる。正直、不本意だ。最上階に景色のいい高級レストランやバーがあるというのになぜここにいるのか――。  カジュアルな食べ物が好きなのかもしれないが、もし遠慮をしているのなら、美津雄的にはうれしくない。先日もホテル代を払われたし、年下として舐められているようでいやだ。  和花子とテーブルに向き合って座り、美津雄は十一万円が入った封筒を取り出した。 「これ、お返しします」 「え、いいよ」と、手をふりふり断られたが、美津雄が和花子の目の前に置いたら、「じゃあ、せめて割り勘で」と、和花子が封筒から五万円を引き抜いた。そのタイミングでウェイトレスがメニューを持ってきた。ホテルでこれだとまるで風俗業のようだ。和花子もそれを感じ取ったようで、すぐに封筒に直した。  ウェイトレスが去ったあと、美津雄は立ち上がって、和花子の椅子に引っかけてあったショルダーバッグの上にその封筒を置いた。藤山海苔店を零細企業だと思ってやしないかと、いらだたしくさえある。 「俺の家は一次問屋だから、全国津々浦々の海苔の落札権があるんです」  美津雄が不機嫌に告げたら爆笑された。  ――本当にこの女性(ひと)、いちいち失礼。  でも、明るくていい。いっしょにいて気が楽だ。  ホテルの部屋に入ると、和花子の瞳が獲物を定めたライオンのように光った。気のせいかなとか考えていると、美津雄の頬を手のひらで包んで体をくっつけ、じっと見つめてくる。  ――胸が大きいから、こうされると……!  美津雄は、和花子の口内に舌を滑り込ませながら、彼女のジャケットを引っ張って放った。和花子も舌を入れてくる。ふたつの舌が絡み合う。美津雄は彼女の背中のファスナーを開けて、ワンピース、スリップと順に落としていき、後ろに手を回し、ブラのホックを外そうとしたが、そこにはなかった。  ――そういえば、前回もフロントホックだった!  前にあるホックを外せば、ようやく薄ピンクのキャンディとご対面だ。  和花子を壁にもたせかけ、美津雄は背を屈めて胸の先を舐め上げた。 「あ……」  いい反応だ。  ――俺はできる。  美津雄は自分にそう言い聞かせる。和花子を感じさせて今日も満点をもらってみせる、と。彼は土日に知識を増やしたのだ。その手のサイトによると、女は全身性感帯らしい。キスしまくってやるつもりだ。  上半身にキスの嵐を降らせると、和花子の口から甘い声が漏れてくる。  ――まさに俺の綿菓子ちゃん。  そんな声を聞かされたら勃ってきてしまう。  美津雄は彼女を立たせたまま、キスの位置を下腹部のほうへと落としていき、膝を突いて両手でショーツとストッキングをずり落とした。太ももに啄むようなキスをしながら、ストッキングを足首から外す。  これで和花子は一糸纏わぬ姿となった。美津雄は両手で和花子の臀部を抱きしめながら、彼女の秘所にくちづけた。その瞬間、喘ぎ声とともに和花子から力が抜けていく。  美津雄は立ち上がって彼女を抱きかかえ、ベッドにうつ伏せに下ろす。大きな臀部からキュッと締まる腰、背中から少しはみ出て見える乳房――。  その美しい体のラインを眺めながら、美津雄は自身の服を脱ぎ捨てる。ベッドに上がり、和花子の背中から腰まで、ちゅっちゅっと軽いキスをしまくり、片手を彼女の胸に伸ばして先端を親指でこする。するとうつ伏せだった彼女は横向きになり、顔を彼に向けてきた。美津雄は首を伸ばし、くちづけする。和花子は体を回転させて仰向けになった。  某サイトによると、女の性感帯の頂点といえば、この乳房の頂だそうだ。美津雄はそのピンク色のキャンディを甘噛みし、吸いながら、もう片方の乳房の先端を優しく撫でた。 「ふじ……や……さ……ん」 「美津雄って呼んでくれません?」 「み……美津雄」 「和花子」  美津雄は彼女の太もも持ちを上げ、和花子の中へ昂りをゆっくりと差し入れる。女性はデリケートだから、いきなりは駄目だとサイトに書いてあったからだ。 「や……、美津雄……すご……」  またしても切ない声でテクニックを褒めてくれたので、美津雄は確認することにした。 「そう思っちゃうくらい上手いってこと?」 「ん……すごくイイ。おかしくなっちゃう」 「和花子さんがおかしくなったところ、見たい」 「もー、やめてよー」  はっきり言って、挿入のほうに全精力を注ぎたいところだが、美津雄は彼なりに頑張って、挿入しながらも舌や指で胸の先端を愛撫した。すると和花子の中もうねうねとうねり、今までにない快感を美津雄に与えてくる。と、同時に和花子の喘ぎ声が止まらなくなってきた。  その甘い声の中、美津雄はゆっくりと出し入れを繰り返す。マニュアル通りだ。ただ、目の前で豊満な胸が揺れているというときに、ゆっくりというのは、思ったより忍耐力を要する。美津雄は必死で、ガシガシ打ち込みたい衝動を抑えた。  和花子が目をぎゅっと瞑って、顎を上げ、頭頂をシーツにこすりつけている。和花子も何か耐えているようだ。  ――こういう必死な感じ、たまらない。  美津雄の衝動は遂に弾け、気づいたら「和花子……行くよ」と、結局ガッガッと激しく情熱をぶつけていた。だが、それも悪くないようで、和花子の声は一層高く、猫か何かの啼き声のように高く甘くなり、彼女の中は優しく蠢き、彼の剛直を愛撫してきた。  やがて、和花子の声が切迫してきて、脚が震え出す。  ――そろそろだ。  美津雄は彼女の中で爆ぜた。  和花子もいったようで、両手を投げ出し、ぐったりとしている。だがその口元が弧を描いていたので、美津雄はとてつもない幸福感に包まれた。  美津雄が肘を突いて添い寝し、彼女のふわふわの綿菓子のような髪の毛を撫でていると、微笑みかけてくれたので、早速アポを取ることにした。 「次、いつ会える?」 「金曜日は?」 「いいね。土曜日なら朝寝坊できるんだろう?」 「うん。ゆっくりしたい」 「次、またいいホテル考える」  すると和花子はキッと鋭い視線を向けてきて「安いところにしよう」と言ってきた。 「俺の家は、お金を使っていい、ただし、それより多く稼げっていう方針なんだ」  余裕の笑みを浮かべてみた。 「でも、ホテルでこんな散財するの、もったいないよ」  ――俺の家は君みたいな堅実な()に来てもらって、締めつけてもらうのもいいかもしれない。  とはいえ出会って三日目でプロポーズしたらドン引きされそうだから、美津雄は踏み留まった。 「じゃあ、一人暮らしの和花子のうちに行く」 「それは駄目」 「なんで」 「狭いから」 「こうやってくっついてるんだから、狭いほうがちょうどいいだろ」  美津雄は上に覆いかぶさり、和花子の上唇を吸った。その後、二回して、お互い会社があるので、朝六時に別れた。  別れ際に「実は俺の家は中央区で、副都心線に乗ったのは、和花子としゃべってみたかっただけなんだ」と告白したら、ものすごく驚かれた。  羊飼いに追いかけられた羊は和花子のほうだったのだ。
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