温かい部屋

1/3
前へ
/3ページ
次へ
 中学2年の時に、商店街の福引で特賞を引き当てた。 カランカランという周囲の目を惹きつける大きな音とオジサンの驚いた顔。 金色の光を纏った小さな球体が金属トレーの上でコロリと転がる。  恐る恐る視線を上げてオジサンの背後に貼られた『景品一覧』へ視線を移すと、特賞は金色だとしっかり書かれていた。 「お嬢ちゃん、よかったなぁ! おめでとう、『特賞 ペア温泉旅行二泊三日の旅』と残念賞のポケットティッシュ三つだ」  落とすんじゃねぇぞと愛想のいいオジサンから薄い封筒とポケットティッシュを受け取る。 オジサンの後ろで疲れた顔のお兄さんが特賞の所に紙の花を貼り付けているのが見えた。  実感がわかないまま、薄っぺらい封筒を持って帰路につく。 見慣れた道を歩いて、沢山のコスモスが茜色に染まった公園の前で足が止まった。 じわじわと込み上げてくるのは嬉しさだったと思う。  そこからは夢中で走って、走って……。 家に帰った時には息が切れて汗だくで、握り締めた薄い封筒は柔らかくなっていた。 「お母さん! 見てっ、特賞とった! すごいのっ、金色って本当に入ってたんだねっ! 私、ティッシュ以外人生で初めて当たったよ!」 叫びながら開いたドア。 中からガチャンという音が聞こえてきてまな板を持ったお母さんが飛び出してきたのを覚えている。  本当!?と驚くお母さんは手の力が抜けたらしく足の上にまな板を落として悶絶していたけれど、くったりとした封筒を渡すと痛みは何処かへ飛んで行ったらしい。 「凄いじゃない! こんなの初めて見たっ! 生まれて初めてお母さんも福引の特賞引いた人を見たわ! 凄い、流石私の娘っ!」 「あははっ。なにそれー」 でもやったー!と二人で手を取って万歳三唱した後、お父さんには内緒だとコッソリご馳走を作ることになったんだっけ。  協議の末、張り切ったお母さんがお寿司の出前を注文。 空いた時間をケーキ作りにあてることにして、私は商店街に生クリームと苺二パックを買いに行くことになった。  帰ってきた父は驚いて、手に持った鞄を足の上に落として、それから私とお母さんを抱きしめて、やっぱり三人で万歳三唱。 豪華な夕食を終えた所で私はお茶を飲んでいるお母さんとお父さんにお年玉の袋をそれぞれ渡した。 「その温泉旅行、二人で行ってきて。私は学校があるし、ご飯は作れる。もし心配ならおじいちゃんとおばあちゃんに泊まりに来てもらってもいいし……これは、少ないけど私からの結婚祝い」  三千円ずつしか入れられなかったけれど、これ以上多いと多分二人は受け取ってくれないから。 結婚式を挙げず、新婚旅行にも行っていないことを私は知っている。  だから、大人になったら新婚旅行をプレゼントするつもりだったけど……おあつらえ向きにペア旅行券なんてものが当たったから『今だ!』って思った。 二人は顔を見合わせて「でも」だの「しかしなぁ」だの言っていたけれど最終的にお年玉を残して旅券を受け取ってくれた。  悔しいのでお年玉はお母さんが見ていない隙に財布の中へ。 それから、時間が経過して両親は飛行機で旅先へ。 私の留守番という名の自由時間を楽しんだ。  ううん、正確には……楽しんで “いた”のだ。 一本の電話がそれを変えた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加