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ある王子の転落
とても美しく聡明な王子がいた。
彼は誰からも愛され、誰からも慕われていた。
ひとたび笑えば皆が喜び、剣を振るえば皆が讃えた。
民を想い、国の未来を考えて動ける人だった。
とても、素晴らしい人だった。
あの魔物を殺すまでは。
セネト王子はある日、王都のはずれで一匹の魔物を見付けた。
自然の理から逸した奇怪な生物は、人間にとって恐怖の象徴である。彼が見付けた魔物もまた、それに準ずる不気味な姿をしていた。
だが、魔物はすでに死にかけだった。
流れの傭兵が叩き伏せたのか、それとも共食いにでも遭ったのか、経緯は定かではない。ただ、虫の息だった。
苦しげに呻く魔物を見詰めたセネトは、迷った末に剣を抜く。例えこれが人間を脅かす危険な存在であっても、このまま長く苦しめておく必要はない。せめて楽にしてやらねばと、彼は生まれ持った良心にしたがって行動を決した。
その日の夜のことだ。
セネトの寝所からひび割れるような悲鳴が上がったのは。
彼は魔物を殺した晩から、眠りに落ちるたびに悪夢を見るようになった。
夜中に飛び起きては涙を溢れさせ、ときには嘔吐し、震え、駆け付けた家族や臣下を過度に恐れた。
この異常事態に王宮は騒然となり、すぐに国内外を問わず治療できる者を募った。医師に始まり、祈祷師、占星師、果てには呪術師をも呼び寄せたが、何一つ効果はなかった。
セネトはその間も悪夢に苛まれ、彼の代名詞であった笑顔を失っていった。
そして──美しく聡明な王子は、呆気なく皆の前から消えてしまったのだった。
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