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「ボ・・・ェ、ボ・・・・・・ボ」
『八尺様』。身長にして二メートル以上の怪異である。白いコートを着た巨体は道村昴の顔を覗き込んだ。
*****
道村昴はその夏、妹と田舎の祖母の家に遊びに来ていた。
田園、山々、川のせせらぎは、都会育ちの昴少年に退屈さと上手く人と接せない事からの逃避をくれた。
木々から受ける多少の引っ掻き傷も日々の学校での衝突で受ける傷よりも心地よかった。
「あれまぁ、随分と遊んできたねぇ」
どんなに傷だらけでも衣服を汚しても、祖母はにこやかに笑って許してくれた。
「でも、例えば『クネクネ様』だけは絶対に見てはいけないよ」
祖母がある時、そんな事を言った。
「クネクネさま?」
昴は聞き返した。
「『クネクネ様』は良くないもので、子供たちをさらってどこかへ連れてってしまうからねぇ」
*****
それは、田んぼのなかで踊っていた。
真夏の日差しの下だった。
その中で体を奇妙にくねらせていた。
祖母の言った「良くないもの」とは、これのことだと理解した。
「お兄ちゃん」
妹が昴の袖を引く。
踊っていた「白い何か」がこちらに振り向いた。
「見るな!」
昴は叫びながら妹に覆い被さるようにして、倒れ込んだ。
ジリジリと太陽が首筋を焼いた。だが暑さからではない汗が昴のシャツを汚した。
昴は耳を閉ざすように口を動かしていた。
「見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない!」
昴は耳元で何か獣の鼻息の様なものを感じた。
「見た?見たよね?見たよね?」
甲高い声は耳で受けるには不明瞭だったが、しっかりと意識には届いた。
「見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない」
昴は目に涙を浮かべながら必死に妹を庇い震えていた。
「ボ・・・・・」
もう一つの音が聞こえたのいつからだろうか。
「ボ・・・・・・ボ・・・・・・・」
人の声のようだった。いや、人達の、声だった。
複数の声が雑踏のように合わさってまるで合唱のように叫んでいた。
「お兄ちゃん!」
妹の声を聞きながら昴は歯を食い縛っていた。
「・・・・・」
音が消えた。
「助かった・・・・・・?」
昴は頭を上げた。
「ボ・・・ェ、ボ・・・・・・ボ」
『八尺様』。身長にして二メートル以上の怪異である。白いコートを着た巨体は道村昴の顔を覗き込んだ。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
昴の口からは悲鳴すらも発せない。
『八尺様』は口を開いた。
「Nice fight boy!」(訳「よく頑張ったね少年!」)
『八尺様』の右こぶしが天を衝く。
上がる歓声。
「ボンバイエ!八尺!ボンバイエ!八尺!」
「!?」
そして『八尺様』の視線の先には白タイツの筋骨隆々の『クネクネ様』。
「Boo!Boo!」
祖母がスバルの横で親指を下に向けて『クネクネ様』に叫んでいる。
「奴め!子供たちをさらってどこかへ連れていっちまうんだ!」
(設定だろ、それ!)
そう叫びたかったが、雰囲気にのまれてやめた。
そして昴は、『八尺様』の鋼のような背中を見つめていた。
「ボンバイエ!八尺!ボンバイエ!八尺!」
ここに、『クネクネ様』vs『八尺様』 無制限一本勝負 in 田園が始まる!
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