第九話「鷹森那由多と権藤琥珀」

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第九話「鷹森那由多と権藤琥珀」

 俺──権藤(ごんどう)琥珀(琥珀)が末弟の預け先に頭を悩ませていた頃、 「うちの養子にしちゃえば?」  などと、夕飯食べにくる? みたいな気楽さで声をかけてきたのが鷹森(たかもり)那由多(なゆた)だった。 *  俺は戦争で末弟以外の家族を全て失った。我が権藤家はそれなりに財産のある家で、父や兄らのような有力者が死んだのをいいことに、あの手この手で権藤家の財産を横取りしようとする輩が少なからず存在した。  当時の俺は戦後の流れでそのまま退魔局に所属することになり、国元を離れていた。母国である富出(とみで)で権藤家になにかあっても、すぐに対応することが出来ない。  ひとり富出に残した末弟があらゆる搾取の手にさらされるのを何とかしたくて日々頭を悩ませていた。とにかく富出国内には信用できる者がいない。  そもそも富出は商人の国だ。どいつもこいつも損得で動いている。義理とか人情とか、そういったものは建前に過ぎず、父の代に世話になったからと弟を引き取りたいと申し出てくる有力者もいたが、大方の目的は権藤家の財産目当てであった。権藤家は元々そこそこの商家で、長兄が家業を継ぎ、次男以下は軍人になっていた。俺自身はあまり意識したことはなかったが、我が家は代々商業方面にも軍事方面にもそれなりの影響力のある資産家だったのである。  そしていま、全ての財産権は残された俺にある。自分はこれからもずっと軍人暮らしだろうから、お金は必要ない。唯一残された弟・彪雅(ひゅうが)に全財産を譲渡することに決めている。が、その財産が、いや、彪雅自身があちらこちらから狙われている……。  そんな時に声をかけてきたのが鷹森那由多。  ……変な女だと思った。 *  一日の任務を終え、食堂で夕飯の乗ったトレーを手に、どこに座ろうかとあたりを見回していると、 「琥珀くん、お疲れ様」  と、少し離れたところでこっちへこいと手を振りながら俺を招く鷹森那由多が居た。 「那由多こそお疲れ様」  言いながら那由多の前の空いている席に座る。 「今日の琥珀くんは絶好調だったね」 「ああ、まあ、普通だろ」  今日はいつもより多めに魔物が出現してきた。といっても雑魚の大群で、手こずることもなく魔術で全滅できたのだが。同じ班の那由多は俺が一人でばったばったと魔物を倒していくのを面白がって見ているだけで何もしていなかった。  恨めし気な俺の視線など意にも介さず那由多はいつも通り薄く微笑んで飯を食っている。なんだかおもしろくないと、俺はふてくされて飯をかき込んだ。 「ああ、そういえばヒュウガくんのことだけど……」 「……あいつになにかあったか?」 「やだなあ。そんなに怖い顔しないでよ。なんにもないって」  那由多は顔の前で手をひらひらと振って見せて、わざとらしいくらいおどけて言った。 「(ゆう)()から手紙が来てたのよ。ヒュウガくんとも仲良くやってます~って」  侑奈というのは那由多の妹のことだ。鷹森侑奈。歳は……いくつだったか。彪雅よりいくつか上だったとは記憶している。彼女はいま、鷹森家で彪雅と一緒に暮らしてくれている。 「だから琥珀くん。ヒュウガくんのことは心配いらないからね。また長い休みでも取れたら会いに行ってあげなさいよ」 「今更どの面下げて会いに行けばいいんだ」  彪雅からしたら俺は見ず知らずの他人の家に養子に出した――彪雅を捨てた兄だ。いくら鷹森家が天津風・旧黒龍国の名家とは言っても、そんなことは彪雅には関係のないことだっただろう。  だいたい、ここで働いていたら長い休みなんか取れないのに。 「なに言ってるの。お兄ちゃんです! って堂々と会いに行けばいいのよ」  あれこれ考える俺をよそに、那由多は簡単にそう言ってのけた。 「私だって、侑奈のことは昔からほったらかしで、姉らしいことなんて本当になにもしてあげられてないけど、姉です! って顔して帰るわよ」 「それってどうなんだ……」  呆れる俺のことなど意にも介さず那由多は続ける。 「侑奈って病気がちで、入退院繰り返しててさ。お母さんが死んでからは、侑奈はひとりぼっちだったから。彪雅くんと暮らしてくれてるのは私も安心」  それまでわざとらしく作っていた表情だった那由多の顔が、ふと一瞬素の、姉の顔に戻った……ような気がした。 「私が侑奈のそばにいてあげられたらいいんだけど。鷹森家当主っていうのは簡単には戦場からは退けないのよ」 「……色々あるんだな」 「色々あるんです」  俺には天津風国の内部のゴタゴタはよくわからない。  那由多の実家・鷹森家は、正確には”天津風”の名家ではない。三百年も前に天津風に併合された黒龍(こくりゅう)という国の国主・竜崎家の旧臣の家だそうだ。  竜崎家は鷹森のほかに鷺本(さぎもと)(おおとり)、鶴岡と三つ、全部で四つの家を臣として抱えていたそうで、黒龍国がなくなったいまでもその主従関係は続いているとのこと。 「大丈夫よ。鷹森家はなんてったってあの竜崎家のお隣さんだから。物理的にも安心安全。ちゃんと警備の人とかついてるし。万が一変な人が乗り込んできて権藤の財産寄こせ~って言ってきたとしても、一瞬で捕まるから」 「当たり前だ。だから彪雅を預けたんだからな。本当に万が一にでも、彪雅になにかあったら承知しないぞ」  鷹森家の養子に出せば、財産目当ての富出の連中から彪雅を守れる。那由多は那由多で、使用人と暮らしているとはいえ実家にひとり残した妹が心配で、使用人とは違った気の許せる存在が居れば、と考えていた頃だったそうだ。  鷹森那由多が俺の弟・権藤彪雅を養子として引き取ったのは小さな偶然と必然の積み重ねだった。  この頃の天津風国内は戦後のゴタゴタもあり、少しずつ政治と軍事のバランスが崩れ静かに荒れ始めていた頃だったので、その中枢に位置する鷹森家の良くない噂を全く聞かないでもなかった。 が、この一件を鎌田に相談した時、 「那由多なら大丈夫ですよ。彼女の言う通り、鷹森家に預けるのが弟さんにとっては一番安全でしょうね」  と太鼓判を押されたのもあって、俺は弟を鷹森へ養子に出すことを決めた。  弟本人の意思を聞いて決めたわけではないから、もしかしたら恨まれているかもしれない、と後ろめたい気持ちが多分にあって、俺はずっと彪雅としっかり向き合えていない。 「そんなに心配ならやっぱり一度会いに行けばいいのに」 「天津風の黒龍は、古州(ここ)からだと大陸の真反対じゃないか。いくらなんでも、気軽に行ける所じゃない」  俺の言葉を聞くなりため息をついて、 「そうやって言い訳して逃げていると、弟くんの成長見逃しちゃうよ?」  私みたいにね、と那由多は小さく付け加えた。  まさか、鷹森那由多が死ぬなんて――俗にいう那由多事件が起こるだなんて、こんな他愛ない会話をしていた頃には俺は思いもしなかったんだ。
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