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Chapter 9 連絡先を交換してみた③
放課後。掃除当番を終えた僕は、廊下で待っていた九条の元へと向かった。
もう午後の4時半だというのにまだ西にある太陽は、高層マンションと住宅街が密集する街を照らしている。
「お待たせ」
「遅いぞ! 誠くん」
貧弱そうな胸を張って、九条は偉そうな口調で言った。なんかムカつく。
「お、おう」
「それでは、連絡先交換するか」
九条は制服のズボンからスマホを取り出した。
「そうだな」
制服の胸にあるポケットから僕はスマホを取り出す。
「このQRコードにスマホをかざしてくれたまえ」
九条はQRコードが表示されたスマホの画面を見せる。
「了解」
僕はスマホをQRコードの前にかざした。
かざしてしばらくしないうちに、九条のアイコンと、友達登録の登録ボタンと拒否ボタンが表示された。
僕は迷わずに登録ボタンを押した。
「お、登録された。じゃあ、メッセージ送っとくな」
九条は僕にメッセージを送った。
僕のスマホの通知欄に、「あきらからスタンプが送信されました」と表示された。
通知欄に表示されていたメッセージを押して、九条のトーク画面を開く。
そこには、「よろしく!」と言っている見慣れないキャラクターのスタンプが表示されていた。
「じゃあ、よろしく、って送っとく」
僕は九条に、よろしく、と送った。
「確認完了!」
「ありがとう」
僕がお礼を言うと、九条はスマホの画面を見て、
「あ、葛城が呼んでるから、明日の朝な」
と言って手を振りながら、廊下を走った。
「うん、気を付けて」
僕は急ぐ九条に向かって、軽く手を振った。
──ちょっと、うれしい。
家族以外の連絡先を貰ったのは、中学生のとき以来。
空気が読めなくて、時、場所、場合を構わず話しかけてくる九条のことだから、少々不安ではあるけれど、家に帰ったときや寝る前にどんなことを話そうか考えると、少し楽しくなってくる。
──あれ、今日、初めて自分から連絡先交換した?
自分から積極的に連絡先を交換しようと思ったのは九条が初めてだったことに、僕は今さら気づいた。
基本的に僕は誰かと連絡先は交換しない。僕のように、一人を好む乾いた人間にとっては、連絡先は無用の長物だからだ。だから、相手から交換しよう、と迫られた時以外は交換しない。それ以前に、僕なんかと連絡先を交換しよう、と思う相手がいないのだが。
僕の中にある何かが変わり始めている。
これだけは確かなことだ。ずっと続く温かさで永久凍土が溶け、冷凍されたマンモスや遥か昔に凍死した人のミイラが出てくるように、埋もれていた何かが露わになっていくような感覚。これが思い出すということなのだろうか。
──もう何が何だかわからないや。
何を忘れ、何を思い出したのかはわからない。だけど何かを思い出したように感じた、平日の夕方。
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