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Chapter 18 本音
「何で、青葉がここにいるんだよ?」
先ほどまで、地獄で拷問をする鬼のような表情で、僕のことを蹴っていた九条は、きょとんとした顔で、葛城さんの方を見る。
「忘れ物取りに来ただけ。それよりも、これ、どういうことなの?」
葛城さんは、怪我をしている僕の方を見て言った。
九条は答える。
「アイス食ってるときに、こいつがいきなり手をつかんで店から出たり、俺との付き合いが嫌々とか言ってきたりした。それに、質問に答えようともせずに、否定ばかりしてきたから、イライラしたから、軽くしめてやっただけだよ」
「へぇ。確かに東条くんも悪いね。でも──」
葛城さんは九条の方を再び向いて続ける。
「明、あなたの方がもっと悪いわ」
「なんでだよ!」
逆上する九条。
「だって、東条くんのことケガさせたんだよ」
「それは確かに悪いとは思うけどよ、元はと言えば、誠が悪いんだぜ」
「言い訳するな。こういうのは、先に手を出した方が悪いの」
「意味わかんねぇ。こっちは喝入れてやっただけなのに」
悔しそうに言い訳をする九条を無視して、葛城さんは僕の方を向き、
「東条くん、廊下へ行きましょう」
と提案した。
「わかった」
「明はここで待ってて」
葛城さんがそう言うと、九条は顔を真っ赤にして、
「なんで俺ばっかり仲間外れなんだよ!」
と大きな声で言った。
「行きましょう、東条くん」
「あぁ」
僕と葛城さんは、廊下へと向かった。
廊下。窓からは、雲の切れ間から差し込む太陽の光、そして校舎と顔を覗かせた青空を映す、グラウンドの水たまりが見える。
「東条くん、なんで逃げたの?」
葛城さんは聞いた。
「中学の時、僕のこといじめてきたやつが、いきなり声かけてきたから、怖くなって逃げてきたんだよね。みっともないでしょ。喧嘩して勝つこともなく、かと言って、過去のことは水に流して仲良くなれたわけでもなく」
「そうなんだ。それで明がいきなり、人を避けてる理由が僕の逃げにある、とかいって、いきなり蹴ってきた感じ?」
「うん」
葛城さんは微笑んで、
「昔いじめてきた同級生と喧嘩して勝てなくたって、仲良くなれなくたっていいじゃない。それで過去が変わるわけじゃないんだし」
落ち込む僕を慰めた。
「そうだよね。でも、九条の言ってること、思い当たる節があるんだ。高校に入ってまでいじめられるんじゃないか、とか。その恐怖感から逃げたいから、僕は自分の殻に閉じこもってた。だから、九条に蹴られても仕方ないよ」
殴られたところを触りながら、僕は言った。殴られた左頬が、ひりひりとして痛い。
「みんなそうなんじゃないかな? 顔も名前も知らない人がたくさんいる中で、不安を感じるな、なんて言われてもできないよ」
「そうだよね──」
あれ、いつの間にか、胸の中で秘めていたことを誰かに話していた。
気づかないうちに、本音を話していた僕。
誰かに本当の気持ちを打ち明けたのは、何年ぶりだろうか。去年とおととし、3年前と4年前、そしてそれ以前の記憶を振り返ってみても、その答えは出て来なかった。
「明も待ってるから、行きましょう」
「うん」
この後、僕と葛城さんは、九条のいる教室へと戻った。
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