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Chapter 21 褒めない母親
朝、僕は九条と一緒に、住宅街と線路、そして遠くにある首都高の見える窓際で話していた。
「今日個人懇談か、嫌だな」
憂鬱そうな表情でつぶやく九条。この表情だけでも、どれだけ個人懇談が嫌なのかが伝わってくる。
「わかるよ。僕も個人懇談は嫌だ」
「成績とか進路のことで、口酸っぱく言われるんだろうなぁ...」
「えー、そんなことないよ、僕なんかよりも、九条はずっと成績いいのに」
僕が九条の成績の良さを褒めると、九条は、
「いいか誠、世の中には子どもがどんなに頑張っても、褒めてくれない親はいるものなのさ」
と頼れる先輩のような口調で言った。
「へぇー」
「みんな、席につけ、ホームルームはじめるぞ」
先生が来たので、会話を辞めて席につく。
次の日のお昼。
この日は母親が個人懇談で学校へと行っている。当然昼食は作っていないので、買いに行く必要がある。そのため、暑い中僕は近所にあるコンビニへ自転車を走らせた。
水色の空には、まぶしい夏の太陽が殺人的な光を放ちながら、家が所狭しと立ち並ぶ街の中を照らしている。
「暑いな」
とにかく暑い。体中から水分やミネラルが汗となって流れ出てくる感じが、肌越しに感じられる。早く昼食を買って、家に帰ろう。
そう思いながらペダルを漕いでいると、スマホから着信音が鳴った。
誰だよ、こんな忙しいときに電話かけてくるやつ、と心の中で思いながら、歩道の端に自転車を停め、電話に出る。
「もしもし」
「おう、俺だ。誠、聞いてくれよ」
電話をしてきたのは九条だった。今にも泣き出しそうな声。何が起きたのかは大体察しがついたが、外れている可能性もあるので聞いてみる。
「どうした、何があった?」
「期末80点だったことで怒られたよ。だから、次のテストで100点取れるまで勉強しろ、って怒鳴られた」
そう言って九条は、無くしものをした子どものように泣いた。聞いているだけでも胸が張り裂けそうな、悲痛な泣き声だった。
──やっぱり、そうだったんだな。
「成績とか進路のことで、口酸っぱく言われるんだろうなぁ...」
「いいか誠、世の中には子どもがどんなに頑張っても、褒めてくれない親はいるものなのさ」
昨日九条が言っていた言葉の意味、そして個人懇談を極度に恐れていた理由がよくわかった。
九条の母親は、彼の頑張りを否定してくる人間だったのだ。
だから、仮に九条が90点を取ったとしても、頑張りが足りない、100点を取ったとしても、次も100点を取れるように頑張りなさい、で終わる。高校受験のときは、さぞかし圧力をかけられたものだろう。
「80点でも、いいじゃん。僕は平均点、ものによってはそれすらも取れてないんだし。母親が褒めなかったとしても、僕が褒めてあげるから」
落ち込む九条を僕がなぐさめると、九条は、
「勉強ができなくても、生きてるだけでも存在が認められているお前には、何もわからないだろうな」
と逆ギレした。
(慰めて欲しいから電話してきたのは、そっちだろうに。何で勝手に逆ギレするんだよ)
そう心の中で毒づいた僕は、
「はいそうですよ、僕はお前のようなお勉強ロボットとは違って、存在するだけでも価値がありますからねっ!」
と強めの口調で言い放った。
「・・・・・・」
九条はしばらく黙り込んだあと、電話を切った。
「何なんだよ、まったく」
眩しい日射しが降り注ぐ中、僕は停めていた自転車のスタンドを上げ、再び走り出した。
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