オンライン飲み会は逢瀬に入りますか

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僕の彼氏は1ヶ月前に死んだ。 社内では先輩で、よく気にかけてくれて、軽口にも煽りにもよく返してくれて。好きだといつ言おう、と思っていたら彼方から告白された。 「好きです、どうしようもないくらい愛しています」 彼はお酒が弱くて、二人きりで初めて飲みに行った日にぽろりとそうこぼされた。心臓の音が最高bpmを叩き出した日だ。それからお付き合いを始めて、許容量限界まで飲む自分と酒は好きだが強くない彼とが導き出したのがいわゆるオンライン飲み会。お互い家が遠かったので、自然とそういう形に落ち着いてしまった。 同棲しちゃえば楽なんじゃない?と言ってみたら承諾されて、二人用の新居がいつの間にか契約されていた。 生きててきっと一番楽しくて幸せだった。 同棲を始めようと言っていた日の前日に彼は死んだ。 交通事故で殺された。 トラックに突っ込まれた先輩はスクラップみたいになってしまって、焼かれて骨になって、 「家帰ったら、最後の飲み会だな」 そんな約束を残したまま、遠くへ行ってしまった。 それから僕がどうなったか?想像を裏切ったりはしてないよ。 前の家は引き払っちゃったから、家具と荷物だけ置いた家で、一緒に住むはずだった大きな部屋の中で毎日泣いた。彼の荷物を漁って、消えていく彼の痕を見ては泣き、一度も生活していない彼とするはずだった会話を想像しては吐いた。それでも死を願ったことはなかったような気がする。ただ、会いたいとだけはどうしても思った。 ある日、彼が呑むはずだったとかいう、引っ越す前の家に置いてあったお酒を僕は全部飲み干した。 そうしたら、酔い潰れて限界になって寝てしまった僕の夢の中に彼が現れた。引っ越す前の彼だ。オンラインで、画面越しに話し合って、お互いカメラを付け合って。酔い潰れて寝た日は必ずそんな何でもない日常を見るようになった。 ああ、まあ、そうだね。そんなものがあるからいけなかったのかもしれないけど。 まあ僕は弱くて、死んだ事実を認めたくなくて、置いていかれたくなくて。毎日のようにお酒を飲んで彼と話した。周りから立ち直ったのかと安心されはじめていたような気もする。心はどんどんボロボロになっていったけど。 そんなこんなで入場料の如く飲み続けてふと気づいた。 逢瀬の時間が一番楽しいのならば、自分はここにいる意味などないのではないか。 ___会いに行ってしまえばいいのではないか。 そうなれば話は早い。 まず、大好きなお酒を買い込んだ。あっちに行っても飲めるように多めに。次に服を着替えて化粧をした。その次にスーパーに行って彼の好きなものをたくさん買って、最後に薬を一箱買った。酒と飲み合わせると大変なことになる、と生前言われたのを思い出したから。 それから美味しいお酒を作業のように流し込んだあと薬を飲んで、そのまま寝た。そうして夢の中だか彼岸の境目だかわからないところで彼と話して、……うん。さっきのことをね。まあ結局はこの有様だ。のうのうと生き返って、彼の望む通り普通に生活している。 「とまあ、だいたい経緯はこんな感じです」 環は医者にそう話し切ると、ふうとため息を一つ吐いた。 流石に話し疲れちゃったなあ、とベットの上でひとりごちる彼女は憑き物が晴れたかのような顔をしていた。 ようやっと事実を認められたのだと思う。執着し過ぎないのはいい兆候だ。話を聞いた感じであれば、今回のようなことが再発する危険性も低いだろう。 「夢の中では沢山喋ってたのに。その分の疲れも今来てるのかな?」 「はは、そうかもしれませんね。まあ実際病み上がりですので、くれぐれも無理はしないよう。体にはお気をつけて」 「ありがとうございます。あ、そうだ。聞きたいことがあるんですけど」 「はい?」 「いいお酒知りませんか?僕もいずれあいつより年上になると思うんで、知識は増やしておきたいなって。ほら、僕もう飲めない訳ですし…」 今は我慢するんで。あっちに行ったとき、一緒に飲んでみたいんです。 もちろん対面で、と笑う彼女には、春の生気のような暖かさが篭っていた。
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