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「環先輩!」
同僚の悲鳴のような耳を劈く呼びかけで、僕こと環文緒の意識はやっと浮上した。
横に倒れた視界の中に散乱する酒の空き瓶と薬のゴミを避けるようにして、大勢の人が僕たちの部屋にいた。机の下にはノートパソコンが落ちていた。
「…………ぁ、ど、…?」
どうしたの、と問いかけたくても口は動かない。鉛のように重たい体を起き上がらせることも出来ない。それに、頭が重いし痛い。体のいろんなところが痛い。内臓は未だ嫌な感覚を持ったままで、体はびっくりするほど冷えている。飲んでいる間は布団の中にいるみたいに暖かかったのに。
「目を覚ましました!」
誰かが寝ている僕の真横で叫ぶ。多分救急隊員さんだと思う。近所迷惑ではないかと気になり、視線だけ動かして窓の外を見る。予想に反して外はすっかり夜を明かしていた。不思議と夜が終わってしまったという絶望感はもう感じなかった。
「よかった、本当によかった……」
先輩と自分の後輩である崎原ちゃんは、僕の手を握ってぼろぼろ泣いていた。真っ白で死体のような手が自分のものだと気づくのに少し時間がかかった。
というか、あいつ本当に呼んでくれたんだな。
ぎゅ、と手を握り返すと、崎原ちゃんから驚いた声が上がった。
「おき、おきてますか。死んでませんか」
「いきて、う」
「わた、し、私」
「ん、うん」
「先輩の、せんぱい。はる先輩に夢で、呼ばれて。…そしたら環先輩、ずっとでんわ出なくて、部屋の鍵も、あいてて。たまきせんぱ、たおれてて」
「ごめ、みこちゃ、ありがとね…」
「ぐずっ、もっ、もう、おざけのまないでぐださい…っ」
「あい…」
肝に銘じます。と心の中でひとりごちて、腕に点滴が繋がれるのを黙って見ていた。他人の手って暖かいんだな、暖かいんだよな。
死体のように床に転がりながら、このまま生にすがりついてみっともなく生きてやろうと、そんな使命感に静かに燃えていた。
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