ふたりぼっち

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 晩夏の或る日も拓郎は懐寂しく履き古された安物のTシャツにジーンズにスニーカー姿で街をぶらぶら出歩いていた。  彼は音楽好きでアナクロな上にアンダーグラウンドだから拘った訳ではなく結果的に60年代のヒッピーみたいに長髪のぼさぼさ頭でブーツカットジーンズを履いている。おまけにギターの趣味があってギターのイラストがプリントされたTシャツを着ているくらいだから駅前でアコースティックギターを弾いて路上パフォーマンスしている女の子がいるのを見つけると、興味津々になってそっちに向かった。  彼女の前まで来てみたが、拓郎以外、誰も聴いていない。行き交う者の誰も立ち寄らないのだ。皆、通り過ぎていく。それもその筈と言うべきか、この暗いご時世に益々暗くしてしまう恐れのある「禁じられた遊び」を弾いている。而も延々と。あの抒情的な切ないメロディをか細い弦の力で厳しい残暑を吹っ飛ばして寒々とした晩秋に一変させるかのように繊細な指使いでつま弾く。なんと悲しそうな子だろう。なんと寂しそうな子だろう。この子は俺同様、貧しくて皆に冷たくされて孤独に違いない、現に皆、この子をネグレクトしているではないかと拓郎は思い、むくむくと親近感が湧いた。そして痛ましい美しい旋律に涙せずにはいられなかった。  で、彼は投げ銭した。声をかけた。僕たちミシェルとボーレットみたいだねと。彼女は思わず手を休めた。二人は暫ししんみり見つめ合った後、拓郎が言った。僕たちふたりぼっちなんだよ。すると彼女は涙目で微笑んだ。二人は以心伝心でお互いの孤独を察した。拓郎が最初から弾いてみてと言うと、彼女は演奏を再開した。二人だけの切り取られた空間が温かく物哀しい音の波で満たされ、波長が合うのを二人は感涙しながら意識した。  その後、全く自然の成り行きで付き合うことになった彼らは、フタリシズカの花穂のように寄り添い、不思議な程、馬が合うので意気投合した。似た境遇の者同士、何かと共感出来たし共鳴出来たし享受出来た。お互いの背伸びしない流行に左右されない飾り気のないオリジナリティ溢れるファッションだって気に入ったし、少ない調味料を最大限に生かし、安い素材で作る彼女の料理だって美味い。だから拓郎は彼女と相思相愛でカップルになれた。貧しい者同士、独りぼっち同士、アウトロー、ドロップアウト、アウトサイダー、このアウトが三拍子揃った者同士、目出度く結ばれた訳だ。類稀なるとても高潔で高踏的なカップルの誕生だと思わないか。
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