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忘れられない夜
「お疲れさ~ん! ねえ、明後日空いてる? この前約束したご飯どう?」
今日もまた会社の先輩であるクマダ係長に捕まってしまった。毎月第三金曜になると決まってお誘いされるようになった。
けれどもう十回は断ってしまっていて、なんとも気不味い。
後輩のサキちゃん曰く、先輩は髪型がキマっていて顔も好き。他の同僚と比べたら清潔感があって仕事もできる素敵な人らしい。だから私も同僚としてだけなら好感は持てる人だとは思う。
だけど、正直いって私の好みじゃない。
というより私は関わりたくないとさえ思っている。
「ねえ、ジビエどう? 前より興味持ってくれた? 明日はメスにしようと思ってるんだけどさ」
「あ、食事制限始めてて……」
今から焼肉屋へ行きますけど。一人で食べ放題するけど。でも先輩との食事は絶対したくないからことわりの一手で押し切ってしまう。
「なら尚更いいじゃん! ジビエ! 明日俺が活きのいいヤツ仕留めるからさ!」
先輩は地元の猟友会に所属しているらしく、毎月のように仕留めた獲物の写真を見せてくれる。
軽トラの荷台に寝かされていたり、冷蔵庫や冷凍庫に入っていた獲物はどれも血を流した形跡があった。
昔から血を見るのは苦手だった私は、初めて見せてもらった時は耐性が無かったせいでトイレに駆け込んだ。
あんな写真を保存しているなんて今でも私には理解出来ない。
「この前の獲物見せてあげよっか? 俺史上で最高位のやつ!」
笑顔で言う先輩。だけど私は知ってしまっているせいでその笑顔に恐怖心が呼び起こされる。
「ごめんなさい、来週友達の結婚式だから少しでも痩せないと……」
誰にも言えない私はなにも知らない振りを貫くしかない。
たとえそれが数ヵ月前から行方不明の上司、サイトウ部長だったとしても。
見間違う筈がない。
会社からの帰り道、寄り道した場所。奥さんに嘘をついて一緒にいてくれたあの夜の服のケン君が写っていたのだから。
「あ、もしもしユミちゃん~ 明日遊ばない? あ、そうなんだ。じゃあまた今度ね
~。
あ、もしもしエミリちゃん? 明日遊ばない? うん、じゃあ明日ねー、よろしく~」
私はもう、普通には暮らせない。
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