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繋いだ手を軽く引き寄せ、ヘンリックの視線から紗代を隠すようにジークは彼女の前へ立つ。
「ラスピア王国には、此度の賠償として魔王殺害計画を企てた者と実行犯共の首と賠償金の支払い、異世界から召喚した聖女を魔国が、いや俺が貰い受けると通達した。貴様と共に聖騎士と神官、愛しい魔女も処刑されるのだ。寂しくはないだろう?」
「なっ!? ドロシーを!? 幾重にも結界が張ってある居場所を魔族が突き止められるわけはない!!」
手足を激しく動かしヘンリックは拘束から逃れようとするが、両脇を固める騎士達が彼の体をさらに押さえ付ける。
「俺の協力者は魔族だけだと思っていたのか? 貴様の父親と兄は魔国を敵に回そうなどと愚かな考えは持っていないようだ。魔女の禁術で力を奪われ軟禁されていたとはいえ、さすが勇者の末裔である国王と当代の聖剣の持ち主である第一王子だな。密かに魔女の居場所を突き止め、城内にかけられていた禁術も解いた。貴様も王族の、王子として少しでも矜持を持っているならば観念しろ」
協力者だった魔女の捕縛を知り、父親から完全に見限られたのだとジークから告げられ、抵抗を諦めたヘンリックは力無く項垂れた。
***
拘束されたヘンリック達の後ろ姿を見送ることなく、ジークの転移魔法で強制的に客間へ移動した紗代は部屋の装飾の見事さに驚き、きょろきょろと室内を見渡した。
戦闘が行われていた殺伐としていた謁見の間とは違い、金銀細工で飾られた豪華な部屋は同じ王城の中だとは思えない。
程よい弾力があるソファーに座り、上品なメイドが運んできてくれた生クリームが乗ったココア入りのカップに口を付ける。以前、アーバンの町で見付け歓喜して購入したココアと同じ味に口元がほころぶ。
「悪かったな」
カップをソーサーに置いたのを見計らい、向かいのソファーに座るジークから言われた謝罪の言葉に紗代はキョトンとして顔を上げた。
「第二王子によって聖女召喚が行われることは事前に分かっていた。召喚を止めることも出来たのだが、召喚された聖女を見極めたかった。結果的に、不当な扱いをサヨには受けさせてしまった。ファンデルに守らせていたとはいえ、直ぐに助けずにいたのは第二王子達が旅立つ時を待っていたのだ。あの偽聖女のご機嫌取りに、時間がかかったため旅立ちが遅くなったようだな」
両膝の上で両手の指を絡ませて言うジークの眉間には皺が寄っていく。
「ジーク君が気にしてくれていたから、魔術師さんは城で私を助けてくれていたのね。じゃあ、ジーク君が私に身の回りの世話を頼んだのはどうして?」
「王子達を魔国へ入国させるまでの間、サヨの体を回復させ傍に留め置く名分が必要だったからだ。役割を与えなければ、ただ俺に世話されるのでは嫌だろう? 塔を選んだのは、俺の屋敷にサヨを置いたらそれはそれで面倒な事になるからな」
掃除と炊事は紗代がしたい範囲ですればいいと、与えられた部屋に有る物と塔内に有る物は好きに使っていいと言ったジーク。側にいていつも癒してくれていたケルベロスは、常に紗代を守っていた。
屋上庭園の妖精達からは可愛らしい悪戯はされても、彼女達は紗代を家政婦扱いにはしなかった。それどころか、気遣ってくれていたのだと今なら分かる。
「もしかして、王子達を護衛していた人達は全員……」
「俺の部下だ。彼奴等が結界を張り、魔王の魔力を抑えていた」
先程、謁見の間での騎士達と魔術師達の行動、ヘンリックを守ろうとはせずやり取りを静観していた彼等の行動について、これで納得した。
全てはジークの手の平の上だったのだ。
「聞きたいことがいっぱいあるの。教えてくれる?」
「ああ」
「全部、魔女を捕まえるためだったの? 魔王様を殺されても良かったの? 私を助けてくれたのは、聖女だったから?」
自分が聖女だと知った時から訊きたかったことを言い、紗代は膝の上に置いた手を握った。緊張で体中に力が入る。
「現魔王は、彼奴には魔王の座は力不足だった。私利私欲に走ろうとしたため、王子一行に倒されても仕方ないと判断した。倒されても魔国にとって大して問題は無い。それから、聖女だからという理由だけで俺自らサヨを保護しない。ファンデルが認め、ケルベロスが認めたお前だから保護しようと、塔へ受け入れた。最初は、塔内で生活させるだけのつもりだったが……サヨが作る食事は全て美味く、魔力も精気も甘美なお前の傍らは心地よかった。だから傍に置いていた」
「えっ」
思いもよらない返答を聞き、紗代は目を丸くしてジークを見た。
頬を染めた紗代へジークは目を細めて微笑む。
「魔王が倒れても問題は無いとはいえ、これから魔国は少しばかり落ち着かなくなる。魔国とラスピア王国、両国が落ち着くまでの間、俺に協力してくれるか?」
「落ち着くまでって……」
「その間は衣食住の保証はする。聖女ではなく、サヨの立場も確立しよう。俺の、傍に居てくれ」
聖女としてでなく紗代自身を望むと、ジークにプロポーズされているような気がしてくる。
「……うん」
頷き全身を真っ赤に染めた紗代は、ジークから向けられる視線に耐え切れず両手で顔を覆った。
***
ジーク君、精一杯の告白。
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