16.家政婦女子は真相を知る

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16.家政婦女子は真相を知る

 戸惑いを消して真剣な表情になった紗代は、自分より少し背の低いジークの紫色の瞳を見詰める。  共に過ごしているうちに、ジークの瞳の色彩の変化に気が付けるようになった。  綺麗な紫色の瞳は表情よりも彼の感情を表しており、僅かに赤みを帯びている時は感情が揺れている時。  無表情に見えても瞳の揺れから、ジークが慎重に言葉を選んでいると分かった。  暫時思案していたジークが口を開く。  ガンッ!  硬いヒールの踵で床を踏み鳴らす音が、ジークの言葉を遮り響く。 「その女が聖女ですって!? 私がオマケだったなんて! 王子もアンタ達も! みんなして私を馬鹿にして!!」  髪を振り乱し鬼女の形相になった凛子が壇上を睨み付ける。  凛子の手の平に魔力が集中していき、攻撃魔法を放つために両手を高く掲げた。 「喧しい。ファンデル、黙らせろ」 「はっ」  見つめ合っていた紗代から視線を逸らさず命じたジークに応え、ファンデルと呼ばれた魔術師の青年は凛子の肩へ触れる。次の瞬間、凛子は大きく目を見開き動きを止めた。  高く掲げた両手の平の魔力は霧散していき、糸の切れた操り人形の様に脱力した腕は下がり、床にがくりと膝をつき尻を上げた格好で倒れた。  人には見せたくないだろう間抜けな体勢で倒れた凛子は、両目蓋を閉じ苦悶ではなく頬を赤らめて恍惚とした表情で荒い息を吐く。  時折、全身をピクピク動かしている彼女の姿は滑稽でとても卑猥なものに見えた。 「えぇっ? 凛子、さん?」 「欲深い彼女に相応しい、淫猥で素敵な夢へご招待しただけですよ。聖女様」  淫猥で素敵な夢の内容は聞いてはいけないと直感して、コクコクと頷く紗代へファンデルは愉しそうに微笑んだ。  意識が完全に逸れている紗代の頬を触れたジークは、自分の方へ彼女の顔を向けさせた。 「サヨ」 「ごめん、ジーク君」  自分の名前を呼ぶ声に、拗ねた響きを感じ取り素直に謝る。 「俺は、ジークフリート・ルノ・ルマルキア。魔国の軍部を統率している。王子達に倒された現魔王と同じ血を持つ王族の一人、という立場になる」  予想した魔王ではなかったとはいえ、軍を率いている立場なら魔王に近しい権力者なのかと、紗代はコクリと唾を飲み込む。  魔法ではなく剣技、片手で持った剣だけで聖騎士を圧倒していたジークは軍の統率者と言われても納得出来た。  ただ一つだけ、紗代には気になることがあり頬へ添えられているジークの手に触れる。 「偉大な魔術師様、じゃないの?」 「偉大な魔術師様だ。聖女を囲うくらいのな」  正体を明かしたジークは、何時もと変わらない自信満々で生意気な笑みを浮かべた。  緩んだ二人の間の空気に目を細めたファンデルは、壁際に下がり控えていた騎士達と魔術師達へ合図を送った。  羽織っていたラスピア王国騎士団の刺繍が施されたマントを脱ぎ捨てた騎士達と、同じくラスピア王国魔術師団のローブを脱いだ魔術師達は床にへたり込む神官に魔法封じの枷をはめ、未だ昏倒したままの聖騎士を捕縛する。  痛みに呻くヘンリックと、淫猥な夢へと落とされた凛子の捕縛へ向かう騎士達を横目で確認したジークは、紗代の右手を取り彼女の指と自身の指を絡めた。 「さて、サヨ。まだ混乱しているだろうが時間が無い。一応、お前を召喚したのはラスピア王国の王子だ。召喚したラスピア王国のために力を尽くすか。それとも俺に協力するか。どちらかを選んでもらおうか」 「ジーク君に協力するって、どういうことをするの?」 「それは、俺の傍に居ることだ」  言い終わらないうちにジークの姿がぐにゃりと歪み、二次性徴へ差し掛かった少年の姿から青年の姿へと変貌を遂げる。  青年の姿へ変わった驚きのあまり、半歩後退した紗代は口を数回開閉させた後、全身を真っ赤に染めた。 「ま、まて!」  両肩を騎士達に抱えられ引きずるよう連れて行かれていたヘンリックは、壇上を見上げて突然騒ぎ出した。 「聖女を召喚したのは私だ! おいっ女! 私を回復させて助けろ! その魔族を倒せっ!」  騒ぎ出したヘンリックを見れば、彼は唾を飛ばして紗代へと手を伸ばしていた。 「女っ!! 聖女は魔法を無力化する結界も張れるはずだ! 聖女が聖杖で力を増幅させればその魔族も倒せる!!」 「チッ、消すか」  間近でジークの舌打ちと不穏な声が聞こえる。  絡めた指先に力を入れてジークの指を握り、紗代は体ごとヘンリックの方を向けた。 「絶対に嫌です」  きっぱりそう言い切れば、ヘンリックは目玉が溢れんばかりに目を見開いた。  理不尽な目にあわされ恐怖していた相手の姿に怯えることなく、紗代の黒曜石の瞳に浮かぶのは強い意志。  ジークは僅かに目を開き、毅然とした態度でいる紗代を見る。 「貴方を助けるなんて、お断りします。不細工で不用な私は王子様の役には立てませんからね」 「なっ」  断られるとは思っていなかったと、ヘンリックは驚愕の表情になる。 「私の名前が分かりますか? 名前を知っていたのなら傷だけは回復します」 「くっ」  召喚した直後に不用だと判断して切り捨てた相手。  勿論、顔もろくに覚えておらず名前も側近から聞いた記憶すら残っていなかった。  外見だけで聖女に据えた凛子も、「知らない」と言っていた“普通”の娘の名前などいくら考えても出ては来ず、ヘンリックは顔を歪めた。
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