【要請】

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【要請】

・ ・【要請】 ・  これはいつも通り魔法の修行をしているお昼頃だった。  リュートさんの家の周りの結界前に、お客さんがやって来た。 「リュート! スマン! 頼みがある!」  その声に反応し、すぐさまリュートはそのお客さんのほうへ行き、 「タイトか、どうしたんだ、よしっ、結界の中に入っていいぞ」 「悪い、リュート、本当に悪い……」  何だか重苦しい雰囲気、一体何なんだろうと不安に思っていると、 「オマエがマジでちゃんと修行つけさせてやってんの、面白いな! ハハハハ!」  そう言ってその場に腹を抱えて笑い転げたタイトさんという人。  いや、何なんだこの人、と思ったのはリュートさんも一緒だったみたいで、頬を一発叩いていた。 「いてぇな! リュート! ちょっと笑っただけじゃねぇか!」 「用があって来たんだろ、早く言えよ、面倒だな」 「まあそうだけどもよぉ、やっぱあの子、めちゃくちゃ美人だな、やったな、リュート!」  そう言ってリュートさんにグッドマークを出したタイトさん。  さらに一発ビンタしたリュートさん。  というか私が美人だなんて、そんなこと言われたこと無かったから一瞬ドギマギしてしまった。  いやいやこんなことでドギマギするなんて、私ってチョロイのか……?  違う違う、タイトさんという人がさわやかなイケメンだったから、ちょっとあれだっただけだ。  短髪の茶髪で、長身のガテン系、笑った顔は少年っぽくて少し童顔なのか、それともそもそも若いのか。  いやそんな人の見た目なんてどうでも良くて、リュートさんとタイトさんは家の中に入って行ったし、私も家の中に戻って、お茶の準備くらいするかな。  家に入ると、リュートさんとタイトさんは何だか世間話をしているようだった。  知らない地名がバンバン出てきて、やっぱりここは異世界なんだな、ということを改めて痛感した。  水出ししていたお茶をそのままカップに入れて、事前に出して缶の中に入れていたクッキーを二人のテーブルに置くと、リュートさんが、 「こういうもんはタイトに出さなくていいんだよ! 俺のモノなんだからな!」 「そんなこと無いですよ……お客さんが来たら、お茶菓子として出すことは道理ですから」  私が手足をバタバタさせるリュートさんをなだめていると、タイトさんはクッキーを指差しながら、 「この土を固めたヤツ何? オマエらこんなん食ってんの? ダハッ! ダメだ! また笑っちゃいそうだぁぁああハッハッハ!」  そう言いながら前屈みになりながら、大笑いし始めたタイトさん。  それを見ていたリュートさんは鼻で笑ってから、 「な! ユイ。未開の人間は食べ物なんざ知らないんだから、出す必要無いんだよ」  そう言いながら缶を持って、立っている私に渡してきたリュートさん。  そんなに独り占めしたいんだと思いつつも、私は土を食べていると思われたくなかったので、 「タイトさん、騙されたと思って食べてみて下さい」  と言ってみると、舌打ちしたリュートさん。  タイトさんはこっちを見て、 「まあこんな美人に言われたら騙されてもいいぜ!」  とこっちに微笑みかけてから、クッキーを掴み、食べたタイトさん。  最初にタイトさんが噛んだと思われた瞬間にもリュートさんは舌打ちしていた。心狭っ。  タイトさんが噛んだ最初はまださっきの笑いが残っていたんだけども、徐々に表情が曇っていき、そしてそのままタイトさんは雨を流した。つまり泣いた。 「……何これ……美味いし、訳分かんない味する……あっ、これ……リホウで食べた甘いってヤツじゃん……」  ぐすんぐすんと大粒の涙を流すタイトさんを今度はリュートさんが笑い、 「未開のヤツはこんなもんでも涙を流すんだな! ハッハッハッハ!」  何だよこれ、性格が良いヤツって基本いないのかよ、と思っているとタイトさんが、 「これだ! これだよ! これを出してくれ!」  それにリュートさんが、 「あぁ、こんなんでいいの? じゃあ楽勝だな!」  と言って笑った。  何が? と思ったので、私は聞いてみることにした。 「出すってクッキーを誰かにあげるの?」 「そうそう、今度村にサイケイから偉いさんが来るんだってさ。そこで何かおもてなししないといけないみたいで。今までは俺が魔法で芸をしていたんだけども、今回からはもう俺はお役御免だな。というわけでユイ、行って来い」 「……どっちにしろリュートさんがいないとダメじゃないですか? 私、具現化魔法、まだ一人で使えないですし」 「マジかよ、めっちゃ面倒じゃん。早く使えるようになれよ」  そう冷たく言い放ったリュートさん。  いやまあ冷たさはこの際、いいとしても、私が魔法をまだそこまで使えないことは覚えていろよ。  そりゃまあ移動魔法くらいは、モップを媒介にすることによって、飛べるようにはなったけども。  タイトさんは手をパンと合わせてから、こう言った。 「というわけで夕方頃、村に来てくれ! じゃあな! リュート! そしてユイちゃん! 村に来たらめちゃくちゃエスコートしてあげるから!」  タイトさんは手を振りながら、帰って行った。  夕方頃に村へ行くのか、と思った時、ある名案が浮かんだ。 「リュートさん、村に行くの面倒なら、クッキーを缶に入れて私だけ届けますよ」  するとリュートさんはすぐにこう言った。 「いいよ、俺も行くから」  何でだろうと思ったけども、今まではリュートさんが魔法で芸をしていたらしいし、具現化魔法を使わせるところも芸の一部として見せるのかもしれないし、そもそもお偉いさんにリュートさんも顔を出したほうがいいと思っているのかな。  あっ、そうだ、それなら、 「やっぱりお偉いさんの前だとフォーマルな恰好をしたほうがいいのかな?」 「フォーマル? フォーマルって何だ?」 「きちんとした恰好というか、ほら、リュートさんみたいに布を被ってるみたいな恰好じゃなくてスーツみたいな感じで」 「スーツ? 戦闘服のことか?」  ……確かに私がいた世界とは文化が違うんだから、こういう会話になるのは当然のことか。  じゃあ言うよりも見せるほうが早いな。 「リュートさん、私に具現化魔法を使わせて下さい」 「またそれかよ、面倒だな」  と言いつつも、いつもより割かし早く手を握って使わせる状態にしてくれたリュートさん。  私もすぐに詠唱し、スーツを具現化させた。  それを見たリュートさんの感想は、 「何これ……何か……カッコイイな……えっと、どう着るんだ、これ?」  そう言いながらその場でパンツ一丁になったリュートさん。  まあこのくらいはもう見飽きているので、いいとして、 「これが履くズボンで、こっちは着るシャツです。そのあとジャケットを羽織って、ネクタイを付ければ完璧です」  私に言われるがまま、着ていったリュートさん。  ネクタイは私が付けてあげた。  この辺も漫画『スーツ黒川のスイーツ生活』で学んだから完璧だ。 「はい! これで大丈夫です!」 「……ユイ、顔近かったから、危ないだろ」  私は何が危ないんだろうと思いつつ、鏡を取りに行った。  リュートさんに鏡を見せると、 「何か、これ、締まるな……でも決して動きにくいわけでもない……」 「最近のスーツは機能性重視で、ダンスくらいならできちゃいますよ!」 「まあ俺は芸するわけではないからいいんだが、よしっ、じゃあこれでいくか」  こんなことをしていたらちょうど、日も傾いてきたので、私たちは村へ行った。  そこにはもう、どうやらお偉いさんが乗ってきたと思われる馬車があった。  そしてリュートさんを見るなり、見るからにお偉いさんな人がこう言った。 「リュートくん、お久しぶりですね。今日は貴方の渾身の技を見させてもらいます」 「いや今日は俺じゃない。俺の弟子であるユイがすごいモノを出すから」  そう言って私の背中をパンと叩いたリュートさん。  お偉いさんはやや怪訝な表情をしつつも、その時が来た。  リュートさんから手を握ってもらい、私は家から持ってきた缶の上で手を広げた。 「カリカリにオーブンで焼いたクッキーは甘い香りが広がります。バターのコクに砂糖の甘み、小麦粉の旨味の三重奏。さらに卵の黄身を塗ることにより、テカリを出して見た目がより華やかになります。いろんな形が楽しい、みんな大好きクッキー。アーモンドパウダーを練り込むと香ばしさがアップして、ココナッツパウダーを練り込むと南国の甘い香りがアップして、ココアパウダーを練り込むと落ち着く香りにほのかな苦みが甘みを引き立てます。種類いろいろ! クッキー!」  缶の中にカランカランと大量のクッキーが入った。  大きく拍手をするお偉いさん。  そしてすぐさま 「この香り……これは美味しいモノに違いない。早速頂戴しましょうか」  と言って一つまみし、口の中に運んでいったお偉いさん。  タイトさんとは全然違う。やっぱりこういう食べ物に慣れているんだな。 「いやぁぁあああ! 美味しい! 今まで食べてきた食べ物の中で一番美味しいですね!」  そう言って私に握手を求めてきたので、私は普通に握手をすると、何故かこのタイミングでリュートさんから舌打ちが飛んできた。  一体何なんだろうと思ったが、まあたまに意図せず口の中が鳴ることもあるので、あんまり気にせずにしていると、 「お嬢さん、是非、私の豪邸に住みませんか? 勿論悪いようにはしません。私たちの街には電気も通っています……おっと、電気と言っても分かりませんかね? とにかく便利なモノなんですよ、電気さえあれば何でもできますよ?」  あっ、電気あるんだ、とこの時に思った。  リュートさんの家にも村にも一切無かったから、この世界には電気が無いと思っていた。  とか考えていると、リュートさんがズイッと前に出てきて、こう言った。 「ユイは一人で具現化魔法は使えないから、連れていっても意味無い木偶の坊だ」  木偶の坊は言い過ぎだろ、家事手伝いくらいできるわ、と思っていると、お偉いさんは優しく首を横に振ってこう言った。 「具現化魔法を他人に使わせる魔法を使える人間はいます。だから大丈夫ですよ」  つまりリュートさんと一緒というわけか、で、多分私が魔法を教えてほしいと言えば、家庭教師くらい雇ってもらえそうな感じがするなぁ、とか思っていると、リュートさんが、 「ダメだ、先に俺がユイを見つけたんだ。ユイは俺のモノだ」  それに対してお偉いさんはアゴのあたりを触りながら、 「いけませんね、リュートさん。ユイさんはモノではありません。自分の意志で決定していいんですよ?」 「じゃあ人だ! 俺の人だ! ユイはそんな簡単に渡さない!」  何か私を取り合ってる……まあいいや、こういう時はやっぱり人間、義理と人情だよね。 「あの、私は最初にリュートさんへ弟子にして下さいと言ったので、魔法使いになるまではリュートさんに見てもらおうと思っています」  私がそう言った刹那、何かめちゃくちゃデカい声でリュートさんが、 「ほら見ろ! そういうことだ! 俺の勝ちだ! わぁぁあああああああああああああ!」  いや……お偉いさんにそんな口の利き方ダメだろ、と思っていると、 「じゃあリュートさんごとなら、どうですか? リュートさんとユイさん、二人で来ませんか?」  それに対してリュートさんは即決で、 「いや俺はもう外に出る気は無いな」  と言った。  お偉いさんは参ったなというように顔を揺らしながら、立ち上がり、 「それでは、話し合いも済んだことですし、帰る準備をしますかね」  と言いながら、缶に蓋を閉めて、普通にお偉いさんが持ち、使用人に渡した。  クッキーはちゃんと持って帰るんだ、と思った。  そんなことよりも私は気になったことがあった。  それはリュートさんがお偉いさんと対等に喋っていたこと。  リュートさんってもしかすると、偉い人なのかな?  いやただのドジでアホだから、そんなことは無いと思うんだけども。  私とリュートさんはまたリュートさんの家へ帰って行った。  なんとなく聞きそびれて、お偉いさんとの関係を聞けなかったけども、まあそこまでじゃないし、いいや。  一瞬、一瞬だけども、リュートさんが『もう外に出る気は無いな』と言った時、リュートさん自身が寂しそうな表情をしていたし、触れないほうがいいのかな、って。
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