【植物】

1/1

30人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ

【植物】

・ ・【植物】 ・  私が好きな漫画の中に『農家パティシエ・ユルキくん』がある。  彼は自分が育てた野菜や果物を料理する、地産地消の料理人だ。  この漫画にハマった時は、本当土いじりからハマってしまい、ベランダで本格的な家庭菜園をしていた。  結局、両親から「ベランダが汚れる」という理由で止めさせられたんだけども、今なら普通にできるのでは、と思ったら気持ちが止まらなくなってきた。 「リュートさん! 庭で家庭菜園始めていいですか!」 「植物を育てることか? そんなことできるなら早くやればいい」 「できるなら早くやればいい、って、どういう意味ですか?」 「そのまんまの意味だ。植物を育てることができれば、食の幅も広がる。慢性的な飢餓状態である世界は潤うだろう」  ん? それなら…… 「リュートさん、何でこの世界は植物を育てないんですか?」 「食べることができる植物が無いからだ。実際、村に行けば雑草を無理やり食べている状態だ」  私は毎日具現化魔法で料理を食べているけども、もしかしたら世界は私が思っている以上にシビアなのかもしれない。  ということは早く私は具現化魔法が使えるようにならなければ、と思った。 「じゃあ私は植物の種を出したいんで、具現化魔法を使えるようにして下さい」 「またそれか、面倒だな」  と言いつつも、最近はすぐに手を握ってくれるようになっていた。  ”面倒だな”はもうリズムを作るための言葉であって、本当に面倒ではないんじゃないかな、と思っている。  早速私は詠唱し、まずはミニトマトの種を作った。  ただこれが本当に使える種なのかどうかは分からない。  まあ一から育てていくしかないな、と思っていると、 「その植物、生長させようか?」  とリュートさんが言ってきたので、私はビックリしながら、 「そんなことができるんですかっ!」 「植物促成魔法だろ? 俺はなんせ大魔法使いだから何でもできるぞ!」  そう自信満々に言い放ったリュートさん。  まあそんなマウントはどうでも良くて、 「じゃあよろしくお願いします!」 「その種とやらが本当に使えるかどうか眉唾モノだからな」  そんなことを言いながらリュートさんはその種を植えた場所に手をかざした。  いちいち失礼なんだよな、と思いつつ、待っていると、なんと芽を出し、双葉から本葉が出て、グングン伸びていった。  緑色の実も付け、どんどん赤く染まっていくミニトマト。  これは! 「完成だ!」  と叫んだのは、私ではなくリュートさんだった。 「何だこの赤い実は! 美味そうだな! 美味そうとしか思わないな!」  そう言いながら、すぐさまミニトマトの実をもぎり、口に放り込んだリュートさん。  何なんだこの人、と思いながら、やや冷ややかな目で見ていると、 「甘酸っぱい! でも何だこれ! 美味い! さわやかだな! いくらでも食べられるヤツじゃん!」  そう笑顔で言いながらこっちを振り向いた。  まあ成功したみたいで良かったけども。  私も近付いて、実をもぎり、味を確認すると、お店で売っているヤツよりは酸っぱいけども、十分美味しいミニトマトになっていた。  いやまさか、じゃあこれなら、と、私の心は震えた。  私が種を作ってリュートさんが育成することによって、一気にこの世界は飢餓が無くなるのでは、と思った刹那、リュートさんはその場に膝から崩れ落ちた。  その勢いでミニトマトの苗を折りそうになったので、危ない! と思った。大丈夫だったけども。  いやでも! 「リュートさん! 大丈夫ですか!」 「疲れた……慣れないことはしないほうがいいな……」 「どういうことですか!」 「植物促成魔法は得意じゃないから、一気に魔力を使い切ってしまったんだ……今日はもう動けない……ここに寝袋を持ってきてくれ……あと何か、スープ系の食べ物を出してくれ……」  そのあと、ちょっとずつ話を聞いていくと、どうやら苦手分野の魔法は魔力の消費が大きくなってしまうらしい。  もっと植物促成魔法のことを学んでいれば良かったと悔やんでいた。  今回の”一気にミニトマトの実を赤くするところまでした”のは、言うなれば火事場の馬鹿力で、私が出した種が気になって気になってしょうがなくて、自分のできる上限を越えて魔力を使ってしまったらしい。  まずリュートさんはその場で寝袋の中に入って寝た。  起きたら、少しは魔法を使える状態になったらしく、私の手を握って具現化魔法を使える状態にしてくれた。  そこで私は詠唱した。 「トマト、ひいてはミニトマトを極限まで甘くなるまで煮詰め、セロリやニンジンを細かく刻んで入れて煮ます。野菜の甘みが存分に染み出たスープは旨味の塊。そもそもトマトは旨味成分が多く入っていて、直情的に脳へ旨味を感じさせます。香りもさわやかで、いくらでも飲むことができます。ミニトマトもセロリもニンジンも、それぞれ特有の甘みがあって、それが重なりオーケストラとなり、複雑に舌と絡み合って、コクが止まりません。パスタを入れても美味しいですが! 今はこの素材の甘みを楽しんで頂きたい! ミネストローネ!」  鍋の中にミネストローネがたっぷり入って、それをスプーンですくって、リュートさんに食べさせる私。  ここが家の中なら看病している感じだけども、外だから何か滑稽だなと思った。  リュートさんはゆっくりとスープを吸い、ほっこりとした笑顔を浮かべた。  私は言う。 「ミニトマトを育てていけば、このようなスープを作ることができるんです」 「この果実がこんな料理になるのか、楽しみだな」 「でもリュートさんがこうなってしまったら良くないですから、ゆっくりやっていきましょう。私も植物促成魔法、覚えますから」 「ありがとう、それがいいと思う」  そう優しく笑ったリュートさん。  何だかその顔は可愛くて、私も少し笑ってしまった。  状況としては急がないといけないのかもしれないけども、焦ってもしょうがないので、自分ができるところから一歩ずつやっていこうと思った。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加