【いつものことらしい】

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【いつものことらしい】

・ ・【いつものことらしい】 ・  普通に迷子になった。いつものことらしい。 「いや自分の家に戻れないって何ですかっ? リュートさんってドジ過ぎませんか!」 「ドジと言うな。難しいことに挑んでいるんだ、分かってくれよ」  そう言いながら近くの丘に降り立ったリュートさん。  私を草むらに落とすように置いてきたので、 「ちょっと痛かったです!」 「だって俺のことドジって言うんだもん」  そう言いながら頬を膨らませて、プイっと首を振ったリュートさん。  いやすごい子供だな、この人……でも大人は大人だ。  リュートさんもアフリカの民族みたいに布を羽織っているだけの服なんだけども、その隙間から見える筋肉はムキムキで。  まるで陸上選手のような、引き締まった細マッチョだ。  まあそんな見た目の話はどうでも良くて。 「知らん丘でどうするんですか?」 「もう面倒だから野宿する」 「いや野宿のほうが面倒ですよ! 道具も全然無いですし!」 「寝る時は結界張るから大丈夫」  そう言って、手で断りのポーズをスッと出したリュートさん。  いやいや 「せめて寝袋はいるでしょう」  と私が言うと、リュートさんは小首を傾げながら、 「ネブクロって何だ? 寝る袋と言ったのか? 急に有袋類のつもりになってどうしたっ!」  と言って大口で笑い始めた。  何か腹立つ……と思ったが、私が具現化魔法のことを思い出し、 「じゃあ私に具現化魔法を使わせて下さい。寝袋を作りますから」 「寝袋を作る……そんな有袋類の袋の部分だけ作るなんて気持ち悪いな、ドグドグ動いているのか?」 「布団みたいなもんです!」 「布団なんて無理だろ、あれは高級品でオマエは体験したことが無いだろうから作れないだろ」  この世界は板のベッドが普通で布団は高級品なんだ。  それなら布団を作ってあげてもいいけど、まあ今は外なんだし、寝袋がいいかな。  私は正直、寝袋を作る自信があった。  これは漫画『ソロキャンプのゾロロ』にハマっていた時、キャンプ飯は勿論、実際寝袋で寝ることもしていた。  寝袋のフカフカの要因って何だろうと思って、寝袋を切り裂いて中身を見て、また裁縫で縫ったこともある。  私はとにかく凝り性で、一つ気になることがあると、それを徹底的にするんだ。  その現場力と漫画好きの想像力で、寝袋を作ってみせる!  リュートさんは少し私を嘲笑し、面倒臭がりながら手を握り、また具現化魔法を使える状態にしてくれた。  そして結果がこの寝袋だ。 「すげぇぇぇええええええええええ! 何これ! 何これ! あったかい! うわぁぁぁあああああああ!」  寝袋の中に入って、寝袋ごとグルグル回転しているリュートさん。  いやそんな強度があるかどうかは分からないから、回ることは勘弁してほしいと思いながら、見ていると、急にピタッと止まったと思ったら、 「Zzzz……」  いや! 「もう寝た!」  リュートさん! 寝るの早すぎるし! 急転直下の睡眠! 序破急が急すぎる睡眠!  というか結界張るとか言っていたのに、全然だし! 起こさないと!  私はリュートさんの頬をペチペチ叩くが、全く起きる気配は無い上に、寝息の吸う音がすごい。 「スゥゥウウウウウウウウウウ……ムフー……」  吐く息は何か妙にスケベな感じだし。  音は比較的静かだが、滑稽さがかなり強い。  強めに引っ叩こうかなとも思ったけども、それよりも変な寝息についちょっと笑ってしまうと、後ろから何か気配を感じた。  何だろう、野良の小動物かなと思って振り返ると、そこには5メートルはありそうなグリズリーのような化け物が立っていた。  禍々しく口からヨダレを垂らし、今にも私にかぶりつこうとしていた。 「わぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」  私は驚愕しつつも、なんとか走り、少し振り返ると、寝ているリュートさんの顔目掛けて、グリズリーが爪を振り下ろしていた。 「リュートさぁぁああああああああああああああああああああん!」  グリズリーの爪がリュートさんに触れた瞬間、大きな火花が起きて、なんとグリズリーだけが燃え始めたのだ。  一体何が起きているんだろうと、呆然と見ていると、寝ていたリュートさんが起きて、こう言った。 「あっ、炎だと光で起きちゃうか」  いやいやいや! 「熱くないんですか! というかグリズリー! いやもう燃えてるけども!」 「そんなに慌てるなよ、こんな雑魚モンスターに俺が負けるわけないだろ」 「雑魚がどうかは全然知りませんよ! というかめちゃくちゃ強そうでしたよ!」 「いやこの辺のモンスターは雑魚だね、ほら」  と言いながらグリズリーを指差すと、グリズリーはポンっと小さな煙と共に図体は消え、グリズリーがいたはずの足元には小さな緑色の宝石が残った。 「モンスターは強さによって残す宝石が違う。これはまあ……まあ、結構いいほうか、高値で売れるわ」 「いやいいほうなんですか! 何なんですか! 締まらないですね!」 「締まる締まらないはどうでもいいだろ、結果が重要だろ」  そう、やれやれといった感じに言ったリュートさん。  いやでも 「何で急にモンスターが炎に包まれたんですか?」 「それは俺がカウンター結界を張っていたに決まってるじゃん」  そう当たり前のような顔をしているリュートさんだが、 「カウンター結界なんて知らないですよ……」 「まあ俺と服とこの寝袋とやらに張っていて、俺へ強めに引っ叩くくらいの攻撃がきたらカウンターで炎が出るという魔法だ」  強めに引っ叩くくらいであの炎が出たの? というかっ、えっ、私、実はヤバかったんじゃないの?  起こすために引っ叩こうと思っていたから! うわぁぁああああ! ヤバかったぁぁぁああああ!  あっ、というか、 「その結界、私にも張っていて下さったんですか?」  私がリュートさんにそう聞くと、リュートさんは沈黙ののち、 「いっけね、忘れてた」  と呟いた。  いや! 「その寝袋出したの私なんですから私を守ろうとして下さい!」 「悪い、悪い、オマエがいれば寝袋出し放題だもんな」 「まあ寝袋って一人一個でいいですけども、私はオマエじゃなくて優衣です。八神優衣といいます!」 「ユイな、分かった分かった。じゃあユイ、後は何を出してくれるんだ」  そう目を爛々と輝かせながら、そう言ってきたリュートさん。  いや 「何リュートさんが私に結界張ってくれなかったことはもう不問にして、次の話にいっているんですか」 「もう済んだことだろ」 「それはこっちが言う台詞で、リュートさんが言う台詞じゃないです」 「細かいヤツだな、そんなんじゃ神経すり減ってハゲるぞ」  なんて子供みたいなことばかり言うし、やるし。  リュートさんが大魔法使いなのは、なんとなく分かるが、このリュートさんの精神年齢はだいぶ低いぞ。  大子供だな、リュートさんって。  まあとにかく 「リュートさん、なんとかして家に戻りましょう。家の周りにはモンスターはいないんですよね?」 「いやモンスターはいるけども、家の周りには庭ごと結界を張っているから安心だ」 「じゃあ戻りましょう。今すぐに」 「戻れるかな……」  後ろ頭をボリボリ掻いているリュートさん。 「じゃあ家の周りの情報を教えて下さい。そして高めに飛んで、私が方向を予測しますので」 「家の情報を抜き取ろうとしてくるじゃん、悪用するなよ」 「これから一緒に住む人へ言う台詞じゃない! その辺のこと全部飲みこんだ上じゃないんですか! 飲みこんだ上での展開じゃないんですか!」 「あぁ、そうか、そうなるか。でもまあ俺のほうが強いし、大丈夫かっ」  そう言ってホッコリとした笑顔を浮かべたリュートさん。  この人、ドジだし、天然だな……魔法を教えることって本当にできるのかな……何か不安になってきたけども、まずは家関係の不安を払拭しなければ。 「私は地頭がさほど悪くないので、ある程度場所を予測することができます。さぁ、私が言った通りにして下さい」  するとリュートさんは頬を膨らませながら、 「何だよ、俺の地頭がちょっと悪いみたいに言うなよ」 「言ってませんから。人には得手不得手があるので、いちいち気にしないで下さい。リュートさんは大魔法使いじゃないですか」 「まあなっ」  そう言ってさわやかに笑ったリュートさん。  いや、これまでの”アレ”を総合して、地頭が悪いという判断を心の中で下しているけども。  まあ褒められている感、満々の表情をしているから、このままおだてておこう。 「では! リュートさん! リュートさんの素晴らしい移動魔法で私を助けて下さい! お願いします!」 「あぁ! 俺に任せろ!」  リュートさんって、あれだな。  結構チョロイかもしれないな。  そこから紆余曲折はそんな無く、意外とすんなりリュートさんに家に着いた。  というかもうここがほぼリュートさんの家の近くだったのだ。  そんなことにも気付かないって、この人、何ができるんだろう、と思った。
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