【イチゴのショートケーキ】

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【イチゴのショートケーキ】

・ ・【イチゴのショートケーキ】 ・  正直、私はリュートさんの家はゴミ屋敷だと思っていた。  ドジだし、バカっぽいし、そんなヤツの家は大体ゴミ屋敷に決まっている、と。  でも実際はゴミなんて一切無くて、しかし家の中は明らかに汚れていた。  古臭い匂いは勿論、何かをこぼした跡がそのままになっているし。  でもゴミ屋敷では決してない。ゴミが無いのにこんな劣悪な雰囲気を抱かせるってどういうこと? と思った時に、とある仮定が浮かんだ。  それはゴミが出るほどのモノがこの世界には無いのでは、と。  モノがあって、初めてゴミが生まれる。  そのモノが全く無い世界なのでは、と。  だから私はこの異世界で心に決めた。  ゴミを増やそう、と。  ゴミが出るほど裕福な世界にしよう、と。  でもまあ目下、まずはこの嫌な雰囲気漂うこの建物を綺麗にしようということで、早速掃除を始めることにした。  ちなみにリュートさんの家は、あの村の家のような小屋みたいな家ではなく、ちゃんと何部屋かあった。  まあベッドがある部屋と、テーブルとイスがある部屋、そしてお風呂場の3部屋だけだったけども。  私はまたリュートさんに具現化魔法を使わせてほしいと頼むと、もう食い気味で、むしろ待ってましたといった感じに手を握ってきた。  どうやらリュートさんは私の具現化魔法に夢中らしい。  でもそれも当たり前か。  ハンバーグ出して寝袋出して、人間の三大欲求である食欲と睡眠欲の二つを叶えたんだから。  そうなると、あと一つ、とか思った時にハッとした。  そうだ、リュートさんは私より強いということは私を襲うことだって動作も無いこと……!  いやでもまさか、そんな非人道的なことはさすがにしないだろ、と思いつつ、とりあえず私は掃除道具であるモップを出した。  モップなども漫画『家政婦ミヤさんの一人まかない飯』にハマった時に、掃除道具を買い揃えたこともあったので、余裕だ。  そのモップを見たリュートさんは、 「これで、何か、えっ、食べるの?」  と何故か挙動不審になりながら聞いてきたので、そこは普通に 「掃除道具です」  と答えると、肩をガクッと明らかに落とし、しょんぼりしたリュートさん。  いやでも 「まずは家を綺麗にしないとダメですよ。水というか庭にあった泉の水を使ってもいいですよね、あっ、あと洗剤もほしいので、まだまだ具現化魔法を使わせてほしいです」 「いや……まずは別の食べ物を出してくれ!」  率直に食いしん坊だなぁ、と思った。  ハンバーグあんなに食ったのに、まだ何か食べたいんだ。  でもまあここでまたすごい食べ物を出したら、完全に私の株が上がるし、私のことをもっと優しく扱うだろうから、 「分かりました。では次は食べ物を出します」  と答えるとリュートさんはジャンプしながらガッツポーズをし、 「やったぁぁぁあああああああああ!」  と叫んだ。  無邪気な大子供だな、と思いつつ、私はテーブルの部屋に行き、テーブルの上で手を広げて唱え始めた。 「柔らかいスポンジは卵たっぷりで黄色というよりも、もはや橙色。そのスポンジの上にも間にもふわふわの生クリームがあり、生クリームの中にはカットされてイチゴが入っている。イチゴの甘酸っぱさが生クリームに深みをもたらす。牛乳の優しい香りにとろけそうになり、イチゴの瑞々しい香りにさわやかな気持ちになる。勿論、ショートケーキの上には丸々大きなイチゴが一個。大粒なのに甘い、赤さが弾ける美味しさ。スポンジ・生クリーム・イチゴの三位一体、ふわふわとろけるショートケーキ!」  するとテーブルの上にショートケーキがポンっと一切れ出てきた。どうやら成功したらしい。  出てきた瞬間から甘美な香りが部屋に漂い、この赤と白と橙のコントラストが、無機質な家にとって異物混入くらいの違和感がある。  このショートケーキを出した瞬間に『皿も出せば良かった』と思ったが、食べ物を期待しているところで皿を出したら怒られそうなので、まあショートケーキを先に出して良かったのだろう。  さて、リュートさんはすぐさまガッツくのかなと思って見ていると、リュートさんはその場で涙を流しながら、膝から崩れ落ち、 「何だ……これぇぇ……」  と言いながら、両腕を床についた。  いや 「ショートケーキというお菓子です。早く食べて下さい。というか私が味見していいですか? ちゃんと完成したかどうか」 「本当は嫌だけども、本当は嫌だけども、体が動かない……先に味見しておいてくれ……」  鼻水も出しながら、顔をくしゃくしゃになりながら、ぶるぶる震えているリュートさん。  一体何なんだよ、と思いながら、私は生クリームとスポンジを一つまみして食べると、まあ美味しい。  ちゃんと『家政婦ミヤさんの一人まかない飯』で出てきたご褒美のショートケーキになっている。  ミヤさんに出てきたショートケーキで、実際にある店舗・シャトネーゼのショートケーキと遜色無い。 「美味しいので食べてみて下さい」  私がそう言うと、リュートさんは跪きながら、 「食べさせてくれ……俺はもう衝撃で動けないから食べさせてくれ……」 「スプーンとか、箸とか食器が無いので、私にまた具現化魔法使わせて下さい」 「今はもう魔法なんて使えない……そんな状況じゃないことはユイには分からないのか!」  泣きながらの一喝。  何なんだコイツ感が止まらない。  仕方無く、私はショートケーキをつまんで、リュートさんの口元まで持ってくると、 「はぁぁぁああああああああああわわわわわわわぁぁぁああああああああああああ匂いがすごぃぃいいいいいいいいいいいいい!」  という声、というか気持ちを漏らした。  私は餌付けも餌付けじゃん、と、何かめちゃくちゃ引いてしまった。  冷たい気持ちのまま私はリュートさんの口にショートケーキを押し付けると、 「やわらけぇぇぇええええええええええええええ!」  と叫んだので、私はもう無視してリュートさんの口の中に押し込んだ。 「もががががぁぁぁああああああ」  押し込んだ時にリュートさんの唇が指に触れたけども、全然何も感じなかった。餌付け過ぎたから。 「あぁぁぁああああああああああああああああああうめぇぇぇええええええええええ! 何だこれぇぇええええええええええ!」  そう言いながらリュートさんはひっくり返り、背中を床につけてバタバタし始めた。  まるで自分で起き上がれなくなったカメのよう。  何なんだコイツ、と思いつつ、私は庭にモップを持って出て、泉に直接モップを付けて、床を水拭きし始めた。  その間もずっと 「うめぇぇえぇぇぇええええええええええ!」  とか言ってる。  でも実際、この世界は甘いモノがあんまり無いんだろうな、と思った。  ということはもしかしたら、私が好きな漫画『農家パティシエ・ユルキくん』の知識も使えるのかもしれない……。
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