【見たこと無いモノが食べたい】

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【見たこと無いモノが食べたい】

・ ・【見たこと無いモノが食べたい】 ・  少し時間と日々が経過した。  私は弟子でリュートさんは師匠で。  体感で毎日二時間くらい魔法を教えてくれる。  時計の類、というか電化製品は具現化魔法でも出すことができなかった。  そもそも私は電気の構造も、電池の構造も知らない。  だから知らないモノは向こうの世界で毎日使っていたとしても、分からなかったのだ。  産業で言えば一次産業レベルのことしかできていないけども、割とこういうスローライフはアリだ。  実際食べ物だけはいつも豪華に食事ができるわけだから、スローライフのいいとこ取りみたいな感じだ。  そんなある日、リュートさんが魔法の修行終わりにこんなことを言い出した。 「俺はもっと挑戦をしたいと思う!」 「すごい向上心ですね、私も見習わなければ! で! 何をするんですか!」  するとリュートさんは私を指差した。  えっ、挑戦するって、私に? というか私と?  もしかすると恋愛とか……? いやいやいや! 急にそんなこと言われても! 「困るぅ!」  とつい、声を出してしまう私。  鏡を見なくても顔が真っ赤になっていることは分かる。  もうポカポカが止まらない。  それを見たリュートさんはハッキリこう言った。 「いや困らない!」  えぇぇぇぇえええ! もう完全に告白じゃん! ついに告白キターーーーー!  リュートさんは私の瞳を見ながらこう言った。 「俺がまだ食べたこと無い食べ物を出してほしい!」  ……はっ? ……あっ、そういう挑戦か……いや、何だよ……まあ別にいいけど……。  リュートさんは続ける。 「俺は全ての食べ物を制覇したいんだ!」 「そうですか……」  自分の頬を触る。  アツアツだった顔が徐々に冷めていくことが分かる。  赤くなったけども、全然違った。  でも、でも、私ってもしかするとリュートさんのことが好きなのかな。  いやこんなドジのアホ、好きにはならないと思うけども。  でも修業はちゃんとつけてくれるし、真面目は真面目で、まあイケメンだし……いやでも、アホは無しだわ、やっぱり。  じゃあ 「とりあえ具現化魔法を使える状態にさせて下さい」 「あっ、そうだった、それあるんだった、面倒だな」 「いや魔法の修行の時とかも、私に魔法を使わせて感覚を掴ませるくだりやってるわけですから、改めて面倒臭がられても」 「いちいち面倒だと思ってるから。あともう終わっただろうという状態からやるのはさらに面倒だ」  残業みたいな言い方されても、この残業はリュートさんがめちゃくちゃ得するんだから別にいいだろ。  そんな会話をしながら、リュートさんはまた私の手を握って、具現化魔法を使える状態にした。  私は早速テーブルの前に行き、皿を置いて、その上で詠唱し始めた。 「ぷりぷりの食感が止まらない。素材の甘みがたまらない。茹でた伊勢エビはそれだけで極上の一品。磯の香りに、エビにしかないあの旨味。噛めば噛むほどジワジワと味が口に広がり、脂は無いから胃もたれしない。いくらでも食べられる。それはもう本当に無限。引き締まった肉感はコクを閉じ込めたカプセルのよう。真っ赤になった伊勢エビはまさしく食べごろ! 味噌は甘みと苦みのコントラストがオトナ感を出していて、とろとろ、もはやドロドロの食感は舌に絡みついて、旨味を直に感じることができる! そんな伊勢エビ!」  皿の上に大ぶりの伊勢エビが出現した刹那、リュートさんは叫んだ。 「モンスターだ!」  そう言いながら手から炎の玉を出し、伊勢エビを攻撃し、皿の上は一瞬にして塵になった。  いや! 「モンスターじゃない! あれは食べ物なのっ! エビって知らないっ?」 「モンスターを具現化するなんて反乱だな、もう、この関係は終わりのようだな」 「いや全然話を聞かない! マジで食べ物なんだって! あと茹でられた状態だから死んでんの!」 「……本当に食べ物なのか……あれは完全に真っ赤にイキったモンスターだったぞ……」  懐疑的な目で私を見てくるリュートさん。  いやでもここは信じてもらうしかないので、 「もう一回使わせて下さい! 次は本当調理感満載の状態で出すんで!」 「まあ、チャンスはもう一回だけだぞ」  そう言いながら私の手を握ってきたんだけども、いや挑戦するとか言っといてこれは無いだろ、と思った。  全然挑戦できていないじゃん、挑戦すると宣言した日に限って挑戦できていないじゃん。  まあいいや。 「伊勢エビのぷりぷり、もはやぶりぶりの身を豪快に揚げます。伊勢エビの肉感に負けない粗めのパン粉で包んでじっくり揚げる。衣はバリバリで中はぶりぶりの食感の違いを楽しめます。パン粉によって旨味を封じ込めた伊勢エビは茹でた時とはまた違った感覚。しかし身の旨味は変わらず、噛めば分かるあの甘み。揚げた時の程よい油が潤滑油となっていくらでも食べられます。まさに無限。味噌は無くても身があればいい。そんな極上の海産物、伊勢エビのフライ!」  皿の上に頭の部分の無い、伊勢エビのフライが乗った。  一瞬怯んだ様子だったリュートさんも、一息ついて、構えの体勢を解いた。 「さっきのヤツと似ているが、ちょっと違うな」 「素材はさっきのヤツと一緒ですが、頭を怖がっていたようなので、頭はとりました」 「怖がっていたわけではない!」  偉そうに腕を組みながらそう言ったリュートさん。  いや今さら強がられても、と思いつつも、私はナイフで切り分けてリュートさんの皿の上に乗せた。  いつもならすぐに食べ始めるリュートさんだが、今日は何だか警戒していて、まだイスに座ろうともしない。  私は無視してイスに座り、伊勢エビのフライを食べ始めた。  やっぱりぶりぶりの食感にこの魚介の甘みと旨味、たまらない、と思っていると、やっとリュートさんも席に着いて、食べ始めた。 「うん! 何かこれすごいな! 今までの料理はまた違った旨味だ!」  そう言いながらキャッキャッと喜んでいるリュートさん。本当子供だ。  こんな子供のこと、私が好きになるはずないか。
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