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本質
噂が流れて一週間が経った。
あの話を信じない人が多かったのか、はたまた、既に忘れてしまったのか。一時期嫌な空気が少し流れていたものの、あっという間に消えてしまった。
今は何事も無かったように、教室はワイワイと賑やかだった。どちらかといえば、噂の流れる前よりも彼の人気は増していた。
偶然、彼と話す機会があった。僕が日直の仕事をしていたら手伝ってくれたのだ。他愛のない雑談ののち、何を思ったのか突然、彼からその話を持ち出してきた。
「そういえばさ、俺が本当は冷たい人だっていう話あったじゃん?」
「ああ……うん」
やはり知っていたようだ。彼は傷ついた様子もなくケロッとしていた。こんなこと、日常茶飯事なのかもしれない。あくまで、世間話の一つという感じだ。
「あれさ、俺の本質を突いてるなぁって思って感心しちゃったよー」
「え? どういうこと?」
本質? 感心? 予想外の言葉だった。嫌味でもなんでもなく、彼は心からそう思っているような表情だった。
「俺って基本的に人から何言われても、なーんにも感じないんだよね。褒め言葉も陰口も」
「へぇ……そうなんだ」
「そうそう。でさ、それって言葉以外でもそうなんだよね。例えば、俺のものを壊されたり貸してたものを無くされたりとかさ」
「えっ! 流石にそれは嫌じゃないの?」
僕だったら嫌だ。陰口を言われたらそれなりに傷つくし、物を壊されるなんてされたら辛い。悪気なくとも、少し不快な気分になってしまう。
「嫌といえば嫌なんだけど……。そもそも大事なものは貸さないようにしているから、失っても平気? っていうか」
「なるほど……心広いんだね」
「いやいや! 違うって。俺もさ、優しいとか寛容とか言われて、俺ってそうなんだーなんて思ってたけど。冷たい人って言われて気づいたんだよ」
「何を?」
「俺って他人に興味無いんだなーって。そもそも期待もしてないし、どうでもいいって」
「興味が無い?」
「うん。だから何されても何言われても、どうでもいいなーって」
どうでもいい。興味が無いから。他人の評価も他人の言動も彼にとっては価値がないから。それが彼の本質ということだろうか。
「でもさ、興味無いなら……こういう風に手伝ったり助けたりする必要ないんじゃない? 優しくなかったら無視すると思うよ」
「あ、俺のこと優しいって遠回しに言ってくれてる?」
「えー、まぁそうだけど」
「はは、サンキュー」
この言葉も彼には価値のないものなのだろうか。どうでもいいのだろうか。ありがとうとは形式的なものなのかもしれない。
「……なんで手伝うかって言ったら、自己満足かな」
少し間を置いて、彼が言った。さっきの僕の質問に対しての答えだ。手を顎に当てながらの回答だった。一応、考えていたのか。
「自己満足?」
「そう。見捨てるよりかは助けた方が、気分がいい」
「確かにね。いいことしたなって思える」
「そうそれ。自分が少しはマシな人間に思えるだろ?」
「マシな人間って……」
君はいい人だろう。理由はどうであれ、助けている。むやみに人を傷つけもしない。……その言葉を飲み込んだ。「いい人」という決めつけは、彼を生きにくくするかもしれない。そう、頭に過ぎったから。
「だから、相手のためにやっているわけじゃない。これは優しさに入らないだろ? 言うならさ、偽善だよ」
「……やらない善よりやる偽善っていうし、相手が助かってるならいいと思うよ」
「はは、お前は優しいなー」
作業が終わった。
「お、終わったか」
「うん。ありがとう」
「お礼なんていいって!」
そう言って、僕らは別れた。作業が終わると同時に、あの話も終わったのだ。
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