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「母ちゃん、」
振り向けば、立っているのは長男のアキだ。
両手にキャベツを2玉持っている。
「今日はキャベツが安いよ」
「今日はキャベツは買わないんだよ」
母は首を振った。
「でも、1玉88円だよ。先週は162円だよ。今が買い時なんじゃない?」
「何でそんなに野菜の値段に詳しいのよあんたは……さすがキャベツ好きなだけあるわ」
遠い目をして息子を見つめる母である。
「あのね、安いからって何でも買えばいいってもんじゃないの。買い物は必要な時に買いなさい」
説教をしている母の後ろにあるショッピングカート。そこにキュウリを持った小さな手が伸びて――。
「あんたもね、コウ!」
「……しっぱい」
しゅん、と手が戻った。
「勝手にかごに入れないって、いつも言ってるでしょ」
「母ちゃん、キャベツは?」
「キャベツは買わないってば!」
前に後ろにツッコんで、忙しい母である。
「さくせんへんこう、」
そう言って、くるりと踵を返そうとしたコウを、何とか捕まえる。
「2人とも勝手に買い物しないで! 買うものは母ちゃんが決めます!」
「ねえ、母ちゃん」
とアキが言った。
「今度は何?」
「ハルは?」
「……」
そう言えば、末っ子のハルをまだ見ていない。
上の子2人は確保できた。そろそろ、こちらから探しに行く頃合いだろう。
「よし、ほら行くよ」
コウの手をつかみ、片手でカートを押した。アキがちゃんとついてくるのを確認する。
ふと、その足が止まった。
「おおきなくりの、きのしたで~」
「ハルだ!」
コウが楽しそうな声を上げた。
こうなると、なりふり構ってられない。
アキもコウもカートも丸ごと抱えると(!)、声のする方に駆けて行く。
「なかよくあそびましょう~」
「あ、ハルいた!」
「何!?」
急ブレーキをかけたのは、お惣菜コーナー。
「おおきなくりの、きのしたで~」
「あら、ハルちゃんお上手ね」
覚えたばかりの遊び歌を披露する息子、周りには心の広いおばさまたち。
「お歌、覚えたの?」
「ようちえんでうたったの」
「……」
白目をむく母。
が、しかしそれも一瞬のこと。すぐに黒目を取り戻して、ズンズンそちらに歩いて行った。
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