カースト最下位落ちの男。

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「……」 「十鳥、まだ怒ってるのか?」 「…………」 「気にすんなよ、俺だってお漏らししてたんだから。……小学生低学年の頃まで。あ、これはオフレコだからな」  お前のお漏らしと一緒にするな、と怒鳴りたいところだったが声を出すことすらできなかった。  結局あのあと、電気を付ければあまりにも酷い状況の部屋の中。  一番ケ瀬が部屋の片付けも手伝ってくれたが状況も状況だ。 『また何かあったら危険だ、暫く俺の部屋に泊まればいい』という一番ケ瀬に半ば無理矢理やつの部屋まで連れてこられたけど……。  正直な話、俺はあのもの好きな暴漢共よりも目の前の一番ケ瀬の方が怖い。 「なあ……機嫌直してくれよ、十鳥」 「俺は……お前が何考えてるかわからん」 「俺? なにが?」 「全部だ、全部」  一番ケ瀬は優しい男だと知ってる。けれど、なんか、急によくわからなくなったのだ。  やめろと言ってもやめないし、それに、そもそもお前そっちの気があったのか?とじとりと睨めば、一番ケ瀬は「んー……」と何か考えるような顔をした。 「……なあ十鳥、これは俺の話なんだけどな」 「なんだよ藪から棒に」 「お前、俺と付き合わないか?」 「はあ?」 「そうしたら他の連中も手を出さなくなるし名案じゃないか?」 「っだ、駄目だ、そんなの……無理に決まってるだろ、お前のファンの連中に殺される……っ!」 「ええ? でも……」 「第一……別に付き合わなくたっていいだろ、今のままでも……」  なんでそうなるのだ。あまりにも突拍子ない一番ケ瀬の提案に顔が熱くなっていく。そもそも俺の恋愛対象は女性だ、女から掛け離れた一番ケ瀬相手にどうこう気を起こしたことなど一度もない。  一番ケ瀬なりの冗談のつもりなのか、とちらりと見上げたとき。普段ならばやつは「だよな」と笑って流してくれるはずなのに、一番ケ瀬の表情には笑顔はない。 「お、おい……なんで黙るんだよ」 「でも……お前は平気か? 下手すりゃまたさっきみたいな目に合うかもしれないんだぞ」 「……別に、一ヶ月なんだろ? ……蚊にでも刺されたと思えば堪えられ……る……と、思う……」  言いながら語尾が小さくなる。確かに不快感はないが、妹を差し出すハメになるくらいならこれくらい堪えられた。……堪えなきゃいけないのだと半ば言い聞かせる形にはなるが。 「本当……思った通りだったな」 「……へ?」 「お前だよ。……強いな、会長がお前に興味示したときはどうしようかと思ったけど……お前でよかったかも」 「な……なんだよそれ、言っとくけど俺はまだお前のこと怒ってるんだからな」 「分かってる。悪いと思ってるから早くどうにかしたいんだけどな……なあ、十鳥」 「……な」  なに、と一番ケ瀬の方を振り返ろうとしたときだった。視界が遮られ、ふに、と唇に何かが触れた。  一瞬何をされてるのかわからなかった。濡れた音を立て口の中へと入ってくるそれが舌だと理解したとき、俺は目の前の一番ケ瀬の胸を思いっきり付き飛ばそうとした。……が、不発。 「っん、ぅ……ッ!」  舌を絡め取られ、唾液ごと舌を吸われる。なんだ、なんだこれ。まともにキスなどしたことなかった俺にとってカルチャーショックだった。  文字通り捕食される。 「ん、ぅ~~……ッ!」  溢れる唾液を拭うことすらも忘れ、どんどんと一番ケ瀬の胸板を叩く。収まっていたはずの熱が腰の辺りにじんじんと広がり、舌同士を絡ませられるだけで頭の奥が麻痺してぼんやりしてくるのだ。呼吸が浅くなり、息苦しさに視界が滲んだときだ。  一番ケ瀬は俺から口を離した。そして。 「……十鳥、やっぱり他のやつに取られる前に俺と先に練習しておこうぜ」  あっけらかんとした顔で、一番ケ瀬はそんなことを言い出した。返す言葉すらも失った。 「……俺、お前のことすげー好きだわ。他のやつらに先に唾付けられんの、やだ」 「な、な……」  なあ、駄目か?と小首傾げ、こちらを覗き込んでくる一番ケ瀬に耳朶を揉まれ、びくりと腰が震えた。こいつは、やっぱりおかしい。そもそも順序が違うし、動機も不純だ。 「お前だけとは絶対に付き合わないからな……!!」 「ええ、なんでだよ十鳥」 「そういうところがだっ!」  心強い親友が敵に転身した瞬間だった。  これからの学園生活がどうなるかなんて知らないが、それでも貞操だけはこの一ヶ月死守しなければ。……そう改めて決心した。  ◆ ◆ ◆ 「それにしても一番ケ瀬、本当に良かったのか? あいつとは仲が良かったんだろ」 「ええ、問題ないですよ。……それに、十鳥はああ見えて負けず嫌いだし、逆境だからこそ燃えるタイプなんで寧ろ適任かと」 「とか言っちゃってさあ、一番ケ瀬あいつのこと気に入ってんだろ? 脈無しの相手をどん底に引きずり落として吊橋効果で惚れさせようとしてんの分かりやすすぎだろ、本当サイテーだわ。エグすぎじゃん」 「七搦(ななからげ)……お前そうやって被害妄想すんのやめろよ、第一お前が用意した人員が使い物にならなくなったのが原因だろうが」 「……とにかく、余計な真似をしなければいい。黙って俺たちの言うことを聞くならな」 「ええ、会長。それなら問題ないかと思います。中等部には十鳥の妹がいます、あいつシスコンなので囮にすればすぐに言うことを聞きますよ」 「流石一番ケ瀬君だね、用意周到じゃないか」 「俺、妹ちゃんのが好みだな~。十鳥のやつトバして妹ちゃん引きずり出させよっかな~?」 「……」 「冗談冗談! 一番ケ瀬様に逆らったら何されるかわかんねーからな」 「……とにかく、十鳥についてはお前に一任するぞ一番ケ瀬。……くれぐれも、勝手な真似はするなよ」 「ええ、お任せください」
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