第一章 そんな日もある

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「うん。正直びっくりした。バッターボックスに立って湊のボールを見るのなんて、すっごく久しぶりだったし」  これは別にお世辞とかじゃない。  ベンチから見るボールもすごいと思っていたけど、バッターボックスから見るとその比じゃなかった。打てそうにないと、素直に思った。 「それでも、打たれちまった」  今度は悔しそうな顔で、湊は言った。  完全に今日の試合を引きずっている。  こんなとき、どんな言葉をかけたらいいんだろう。  こんなに打ちひしがれる湊を見るのは初めてで、迂闊(うかつ)なことは言えないと思った。 「そんな日も、あるよ」  あんまり黙り込むわけにもいかないと思った私は、咄嗟(とっさ)にこう言った。  さっきは練習するしかないって言ったけど、そんなことは湊だってわかってるはず。  具体的な野球の話だって、私が思いつくことなんてたかが知れている。  だからと言って、もっと他に言うことがあるような気もしたけど、私のこの言葉に、湊は呆れたような表情だけど、それでも笑ってくれた。 「……またそれか」  これは私のお兄ちゃんの口癖で、お兄ちゃんは何かあるたびに「そんな日もある」と笑い飛ばしていた。  そのときのお兄ちゃんの笑顔が好きで、私もこの言葉は好きだった。
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