一通の招待状と、悪役令嬢の婚約者

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 アイセルイン学園に入学してから半年後、なんの因果かわからないけれど、ルシータは気付けば悪役令嬢と呼ばれる存在になっていたのだ。  自ら悪役令嬢になる行為をした自覚はなかった。  そしてそういう扱いを受ける覚えもなかった。  けれど、周りの評価は違った。  片想いしている相手に色目を使った。  悪口を言われた。  私物を知らぬ間に隠された、捨てられた。  制服に泥をかけられた。  はたまた噴水に突き落とされた。  気に入らない存在に対して、徹底的に嫌がらせをする、いわゆる悪役令嬢と呼ばれるようになっていた。  だがしかし、そう呼ばれるようになった理由は、事実無根である。ルシータはそんなことを何一つしてない。  それに、悪役令嬢のお決まりのポーズである「手の甲を口元に当てての高笑い」など過去一度もしたことがないし、それはあまりに似合わない容姿だった。  キャラメル色のふわふわとしたくせっ毛に、濃いスミレ色の瞳。  つんとした小さな鼻に、唇は紅をさしていないのに美しいサクラ色。ぱっと目を引く美少女ではないけれど、整った顔つきである。  ただそのスミレ色の瞳は意思が強そうにも見えるので、じっと見つめられると心の底まで見透かされてしまいそうな気持ちにさえなってしまう。  また笑えば、そこいら辺に花が咲いたように、ぱっと華やかにもなる。つまり一見すると地味な容姿だけれど、とても魅力的な女性でもあった。  そんなルシータは、たくさんの知識を増やしたいがために、アイセルイン学園に入学した。言い換えると、他人に構っている暇などなかった。  なのに、悪役令嬢という不名誉な二つ名を頂戴するはめになってしまった。これは神様の悪ふざけとしか言いようがない。  ルシータだって、年頃の娘だ。時事ネタにはある程度関心がある。  だからこれが対岸の火事であるなら興味の一つも持てるところ。でも、自分の身に降りかかったのなら話は違う。たまったもんではない。とんだ災難である。  とはいえ、冤罪だと騒ぎ立てることをしないのは、たった一つだけ自覚していることがあるから。  それは入学して早々、アスティリアが主催したお茶会をドタキャンしたこと。  けれど、ルシータは招待されたけれど、行くなどと一言も言っていない。  招待状だって教室の机の引き出しにねじ込まれていただけだ。それには「お忙しいところ恐縮ですが、何卒お繰り合わせの上……」と言った相手を気遣う文面すらなかった。  参加して当然。むしろ光栄に思えと言わんばかりのそれだった。  そんなものを貰って、誰が喜んで茶会になど参加したいなどと思うものか。  それにあの時はルシータの祖母が病床に就いていた。心の臓に持病があった祖母は長くは生きられないと言われていた。  そのことを祖母は理解していたし、ルシータも両親もある程度覚悟していた。  けれど一分一秒でも傍にいたいと思うのは、おばあちゃん子であったルシータからすれば当然のこと。  ぶっちゃけお茶会に参加することと天秤にかける発想すらなかった。  だから迷わず欠席をした。  ただその後、欠席したことを詫びることもしなければ、その理由を伝えることもしなかった。  言い訳をするならば、一度は謝ろうと思った。  けれど取り巻きの令嬢を引きつれて、露骨に憤慨してみせるアスティリアを目にして、まぁいっかという気持ちになった。  大人げなかったとは思うけれど、罪悪感は微塵もなかった。もちろん今でも無い。  ちなみにその後、完璧にルシータは悪役令嬢というレッテルを貼られてしまった。  ルシータはお茶会をぶっちしたことが決定打だったと薄々感じてはいる。 【昔のことは許してあげる】  これはあの時のお茶会ぶっち事件を指しているのだろうか。   けれど既に学園内でのルシータへの風当たりは強かった。だから結局詫びを入れようが、何をしようが結果は変わらなかったと思っている。  そして18回目の溜息を吐いたルシータは、結局、この結論に落ち着いた。 「ねえミラン、これ見なかったことにして良いかしら?」 「それで良いと思います」  ルシータが着席している机のすぐ横で控えていた侍女は食い気味に頷いた。  この侍女ことミランは元々両親と同じ研究者だった。  けれど、新薬の研究より人の世話をしたほうが自分に向いていると早々に気付いてくれたおかげで、祖母に代わってルシータの良き話し相手であり、日常の世話をしてくれていたりもする。  それに元研究者だけあって、白衣から糊のきいた真っ白なエプロン姿に変わろうとも、ミランの話はとても面白味がある。そのおかげで、ルシータの引きこもり生活は大変有意義なものになっていたりもする。  なにより、貴族令嬢の侍女にありがちな見え透いたおべっかや、ルシータに淑女らしさを強要しないところが大好きだった。 「郵便事故にするのは、郵便屋さんに申し訳ないから、施設の方へ紛れてしまって、お茶会が終わったあとに手元に届いたってことで良いかしら?」 「ヤギにあげたで良いんじゃないでしょうか?」 「なるほど。今日のミランは冴えているわ」  斬新かつ遊び心のある提案に、ルシータはパチパチと侍女に向かって手を叩いた。けれど、突然扉が開いて、艶のあるテノールの声が部屋に響いた。 「───……それはちょっと困るなぁ」  予期せぬ人物の登場に、ルシータは机に肘を付いた姿勢のまま、固まってしまった。
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