終話.旅立ちは貴方と一緒に

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終話.旅立ちは貴方と一緒に

 港町シンリューの落ち着いた甘味処で、みたらし団子を頬張っていたラクジットは最後の一個を咀嚼し終わり、煎茶を一口飲む。  机上に置いた懐中時計を確認すると、出港まであと三十分前。 「そろそろ時間ね」  懐紙で口を拭い、会計の紙を手に立ち上がった。  あと三十分あまりでワコクを発つ。  感じている寂しさは、前世の故郷に似た国だからじゃないと分かっていた。 「もしも、トモヤが彼の魂を持っていても私は縛れないもの。幸せになってね。ヴァル……」  意識を取り戻さないままでいたトモヤと別れの言葉を交わさなかったこと、彼から感じたヴァルンレッドの気配の意味するものを確かめなかったことが心残りなのだ。  乗船する定期船を次の便にして、トモヤの意識が戻るのを待っていればよかったのも分かっている。  分かっていても、ラクジットは確かめるのが怖かった。  ヴァルンレッドの生まれ変わりでも、今の彼はトモヤでヴァルンレッドではない。  前世の記憶がない彼の中にヴァルを探してしまいそうで、ラクジットが抱いているヴァルンレッドの存在を押し付けてしまいそうで、その結果トモヤの存在を壊してしまいそうで怖かった。  自問自答を繰り返して一人悶々となりながら、乗船手続きのため船着き場の案内所へ向かった。  船着き場の手前にある案内所へ入ろうとして、出入口に張られた張り紙を見たラクジットは「えっ?」と間抜けな声を出す。 「欠航ってどういうことですか?」  数人の乗船予定だった客に詰め寄られていた係員は、困りきった表情で乗船券売り場の壁に貼り出された紙を指差し、説明を開始した。 「誠に申し訳ありません。先程、鳥形の魔獣が現れて定期船の船尾に穴を開けられてしまったんです。代わりの船は手配しますが、代わりの船が此方へ来るまで二日と半日はかかる見込みです。申し訳ありませんが、三日後の同時刻にお越しください。宿屋の斡旋は予約係が手続きいたします」  深々と頭を下げた係員を責めるわけにもいかず、乗船予定だった者達は宿屋の斡旋を頼もうと手続きカウンターへ殺到していった。 (魔獣? そんな気配は無かったけど)  思わず首を捻った。  平和なこの町に魔獣が現れたら、気配ですぐに察知出来ただろうに、全く分からなかったのだ。  欠航したからといっても領主の屋敷へ戻るわけにもいかず、ラクジットは案内所を出て斡旋してもらった宿屋へ向かうことにした。  思いがけず延びた滞在期間に観光でもしようかと、案内所にあった観光案内のパンフレットを広げる。 「ラクジット!」  背中からかけられた声に、ラクジットはビクリッと肩を大きく揺らす。  すっかり気が抜けていたとはいえ、声をかけられるまで気配に気付かなかったとはどういうことか。 「ト、トモヤ?」  何となく気まずくて恐る恐る振り向いた先には、ボサボサの髪で寝間着姿のまま肩で息をするトモヤが立っていた。  体はどう? 大丈夫? とかける言葉はいっぱいあるのに、混乱したラクジットの思考では彼の名前を呼ぶのが精一杯。  目前に立つ少年は、姿形は同じでも意識を失う前の彼とは全く違っているのだ。  纏う雰囲気も、表情もトモヤでは無い。 「やっと逢えた。俺の姫……」  紫紺色の瞳はトモヤと同じなのに、目尻を下げて微笑むこの表情は、まさか。 「トモヤ? 貴方は……誰?」  期待と不安と混乱が入り交じった複雑な感情を抱いて、ばくばくとラクジットの心臓は早鐘を打つ。 「俺は、トモヤ・ムラカミ。そして、ラクジット様、貴女を守る騎士。もしや、私を忘れてしまったのですか?」 「ヴァル……なの?」  顔立ちはトモヤのままの少年は、ラクジットの記憶の中にある大好きなヴァルンレッドの表情で言う。  トモヤの中にヴァルンレッドがいることを確信すると、涙腺が崩壊してしまったかのように一気に涙が溢れてくる。  みっともないくらい涙を流すラクジットの頬へとトモヤは腕を伸ばす。  壊れ物に触れるように優しい手つきで、そっと流れ落ちる涙を拭った。  ***  魔獣被害によって遅れた定期船が出港する日の早朝、熟睡中だったラクジットは旅装束に漆黒の魔剣を挿したトモヤに揺り起こされ、危うく悲鳴を上げかけた。  まだ辺りは薄暗い時刻に家を抜け出して少年が宿屋に忍び込むとか、気配を消して一応性別は女性の寝込みを襲うなとか、トモヤの行動に突っ込むところはいっぱいあったけれども、彼の顔を見たラクジットは叱る気持ちは吹っ飛んだ。  ワコクの貴族階級の少年らしく、トモヤの髪は肩につくおかっぱの髪型だったのに、今の彼は髪を短く切っていてヴァルンレッドの幼少期を見ているみたいでドキッとした。 「姉上が五月蝿いから相手をするのが面倒になったのと、ラクジットが俺を置いていくんじゃないかと不安になって早く出てきた」  ニヤリと、口角を上げるトモヤの表情はとても少年には見えず、幼いラクジットがやらかす悪戯へのお仕置きをしようとするヴァルンレッドの顔と重なる。  記憶にあるヴァルンレッドと同じく、「逃げられませんよ」と言うように意地悪な笑みを浮かべるトモヤに対して、ぞくりと背中が粟立つ感覚を覚えた。 「早く出てきたら、サクヤ姫は心配するんじゃないの?」  定期船が欠航となってからの三日間を思い起こし、ラクジットはげんなりとして問う。
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