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プロローグ:ラスボスとの邂逅
血のような深紅の切れ長の瞳、陶器のように滑らかで白い肌、腰辺りまでの長さがある闇夜を思わせる漆黒の黒髪。
光沢のある黒いマントを肩から掛けて、黒色の正装で身を固めている男性は絵物語の魔王様を彷彿させた。
壇上の玉座に座るのは、今まで生きてきた中で見たことがないくらい綺麗な男性。しかし、綺麗だと見惚れるより先に、生まれ持った本能が恐怖を感じ取り体が震え出す。
「姫様は国王陛下の花嫁となるのです」
物心ついた頃から、乳母や侍女達から繰り返し、刷り込むように言われてきた言葉がラクジットの脳裏に響く。
こんなに綺麗な男性の妻に自分はなるのかと思った時、ドクリッと痛いくらい心臓が脈打った。
(嫌だ。怖い、怖いよ)
心臓を中心にじわりじわり湧き上がってくるものは、未来の夫となる国王陛下と謁見出来た歓喜ではなく、恐怖だった。
謁見の間へ入る前までは、ようやくお逢い出来ると歓喜に震えていたのにどうしてこれほどまで恐怖を抱くのか。自分でも理由が分からずに戸惑う。
「どうした? もっと近くへ来い」
蠱惑的な響きを含んだ低くよく通る低い声で言い、国王は赤い双眸を細めた。
(だめっ、怖い。この人は、否、これは、人じゃない)
縦長に割れている虹彩は爬虫類じみていて、偶然耳にした侍女の噂話は本当で国王は人では無いのだと、直感した。
逆らっては駄目だと、命じられた通りに彼の近くへ行こうと両足を動かそうとするが、膝が震えて動いてくれない。
「この娘は聴覚に問題があるのか?」
国王は視線を動かさず、ラクジットの隣で膝を折る黒髪の黒い軍服を着た護衛騎士に問う。
「いえ、御体に問題などありません。姫様は陛下にお会いして緊張されているのでしょう」
「ふむ」
表情は全く変わらず無表情のままで、国王は思案するように唇に人差し指当てた。
(陛下、陛下……この国の王様。私は陛下の妻となるために生かされ、育てられている)
「しかし、まだ幼く、未熟な体のようだな」
頭の先から爪先まで舐めるように国王に見下ろされ、ラクジットはビクリと肩を揺らす。
傍らに控える護衛騎士が震える肩に一瞬だけ触れた。それだけで、恐怖は和らぎ体の震えは治まっていく。
「陛下……ラクジット様はまだ十一歳になられたばかりです。時期尚早ですよ」
「やけに庇うでないか。この娘に情でもうつったか? それとも、あの女の娘だからか?」
それまで無表情だった国王は、愉しそうに唇の端を吊り上げ護衛騎士を見る。
「いえ……」
隣で膝を折る護衛騎士がどんな顔をしているのかは見えないが、国王の口からクククッという笑い声が漏れる。
(違う。陛下の妻になるんじゃない。私は、)
「娘、我が恐ろしいか? 我の魔力を感じ取れるのも抜きん出た魔力と才の証だ。それに、面差しが母親によく似ておる。クククッ、成長が楽しみだな」
楽しそうに笑う国王の口元から赤い舌先が出て薄い唇をペロリと舐める。
それだけなのに、陛下の全身から強烈な色香を感じてしまい、ラクジットは視界が揺れて眩暈に襲われた。
肉食の捕食者に捕らわれたか弱い草食動物の気分、この男は危険だと本能が警告する。
(私は、誰なの?)
ラクジットの脳内をバチバチと電撃に似たモノが走り抜けていく。
(そうか、私は……)
脳内で暴れるモノの衝撃が強過ぎて、目の奥が痛くなり視界がチカチカと点滅する。込み上げてくる吐き気は、下唇を噛んで必死で堪えた。
(私は、この男の……贄になるんだ!!)
謁見の間から廊下へ出た瞬間、よろけて倒れそうになったラクジットの体を黒装束の護衛騎士が腕を伸ばして支える。
「ラクジット様、大丈夫ですか?」
「ヴァル」
震える両足に力は入らず、ラクジットはヴァルと呼んだ護衛騎士、ヴァルンレッドの腕にしがみついた。
「こわっ、かった」
ずっと堪えていた涙が嗚咽とともにボロボロと零れ落ちる。
幸いにも、謁見の間周辺は国王の命により人払いがされていたため、泣きじゃくるラクジットがヴァルンレッドに抱きつく姿は見られない。
「ラクジット様」
腕にしがみつくラクジットを慣れた仕草で抱き上げると、ヴァルンレッドは腕に乗せて縦抱きにする。
幼子をあやすように背中を撫でるヴァルンレッドの胸に顔を埋め、堰を切ったように声を上げて泣いた。
脳内がスパークした時、今まで見てきた世界とは違う世界が記憶映像として見えた。
城内の片隅に在る離宮に閉じ込められていた、ラクジットの狭い世界の色が塗り替えられるような感覚が、脳内へと流れ込んできたのだ。
それは、前世の記憶というもの。
此処は、この世界は、前世の自分が遊んでいた乙女ゲームの世界だったのだ。
“恋と駆け引きの方程式 ~魔術師女子高生~”
確かそんなタイトルで、時空の狭間に落ちてしまったヒロインが生まれ育った世界とは異なる世界へ転移して、ヒーロー達と仲良くなるというよくある展開の内容で、人気声優が声をあてた美麗なキャラクターが織りなすストーリーが人気だった。ゲームは2まで発売されており、転移した帝国の帝国立学園での学生生活がメインとなる。
そして謁見の間でふんぞり返っていた“国王陛下”は、ヒロインが学園卒業後に入った宮廷魔術師団編、1よりファンタジー色が強くなった2のラスボスだ。
(ああ! 何て事なの!?)
両手で頭を抱えたラクジットは混乱しつつも、同時にゲーム内での自分の役割も理解した。
ヒロインとなる異世界から来た女子高生でも、1の学園生活で恋のライバルとなる悪役令嬢でもなく、2の宮廷魔術師団の意地悪な先輩でもない。
存在だけは2のメインヒーローの台詞の中だけに数回出てくるが、たったそれだけの名前すら出て来ない薄い存在。
そして悲しいことにラクジットは、2のゲームが開始する前に死亡している。
別に薄い存在なのはかまわない。
問題なのは、子が生める年齢になった時にラスボスの花嫁という名前の生け贄になって、無理矢理子どもを孕まされ生まされたあげくラスボスに喰われるという、悲惨な役だということだ。
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