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1章: 01.私とこの世界について
此処は、乙女ゲームに似た世界だった。
ラスボスこと国王の謁見でその事実に気付いてしまい、縦抱きにして背中を撫でるヴァルンレッドにしがみついて声を我慢して泣いたラクジットは、ぜんまいが切れた歯車人形のように意識を失ったのだった。
倒れたラクジットは、その後三日三晩高熱に魘されることとなる。
高熱が下がらず意識も戻らないラクジットを前にして、普段は冷静沈着なヴァルンレッドは別人の様に慌てふためき、侍女達は唖然とさせた。
周囲の慌て様を知らず、高熱で魘されるラクジットは夢をみていた。
否、夢ではなく、それは前世の記憶だったのかもしれない。
前世のラクジットは、黒髪黒目の女性だった。日本という国の平均的な家庭で生まれ育ち、可もなく不可もない普通の学生時代を経て仕事に就いた。
職場で普通の同期男性と職場恋愛をして、普通の男女交際を経て三年後に結婚をした。
結婚の翌年、妊娠して産休に入ってから家事の合間に出来るゲームを探していた時、美麗なパッケージに惹かれて“恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~”を購入したのだ。
優しい夫と一緒に、もうすぐ生まれる可愛い子どものために子供用品専門店へ買いに行き、産着やオムツを見て近い未来を思い描いている時間はとても幸せで、前世の短い一生のうちでも一番満たされた時間だったと思う。
大きな波風は無くとも幸せだった。
夕飯の買い物のため出掛けたスーパー内で、鋭い腹部の痛みとともに破水し倒れるまでは。
救急搬送されたラクジットは朦朧となる意識の中、緊急帝王切開の手術を受けて男の子を出産した。
胎盤剥離による大量出血で意識と視力はほとんど失っていたのに、生まれた子の顔ははっきりと見えたのは……頑張ってこの子を胎内で育てた母への最後の餞だったのだろうか。
『よかった……』
愛する彼によく似た息子の顔を見られて、安堵したラクジット重たい目蓋を閉じる。
泣きながら名前を呼ぶ夫の声、元気な赤ちゃんの鳴き声、慌ただしく走り回る多くの足音が微かに聞こえる中、思ったことは一つだけ。
(最後に息子を抱きしめたかった)
閉じた目蓋の端から涙が零れ、目尻を伝ってシーツへと流れ落ちた。
重たい目蓋を抉じ開けて、ぼやけた視界の先に見えたものは.……手術室の明るいライトではなく天蓋の薄ピンク色の布だった。
「あ、」
からからに乾いた喉からは、掠れた小さな声が出た。
ポロポロ溢れてくる涙は、小さな胸を締め付ける悲しさと苦しさは誰のものだろうか。
“恋と駆け引きの方程式~魔術師女子高生~”
倒れた日も、ゲームをやっていたのは覚えている。
ゲームに似た世界であっても、ラクジットや他の人達にはプログラムされた行動とは違う自己の意思がある。過去の記憶もしっかり残っていることから、ただ単にゲーム内へ入り込んだのでは無い。
ラクジットの中へ意識が憑依したというよりも、ゲームと似た世界へ転生したという方がしっくりくる。
「最悪だ」
異世界転生やら異世界トリップものが現実に、まさか自分の身に起こるとは思いもよらなかった。
乙女ゲームのヒロインに転生したかった、なんて贅沢で面倒臭いことは言わない。
せめて悪役令嬢か、ヒロインのライバル役、傍観者が良かったと溜め息を吐く。
もしも転生したのが悪役令嬢だったら、ヒロインへ嫌がらせや暗殺未遂をした結果、婚約者の皇太子から断罪されて、彼女はヒロインと結ばれる攻略対象キャラにより様々なエンドを迎える。
国外追放、一時的な投獄の後に修道院送りとなる、一族もろとも没落して身分を剥奪されて市井へ放り出される等々。なかなかハードだが、死ぬ事は無かった筈だ。
ただの傍観者だったならば、華やかな攻略対象キャラとヒロインのイベントや、ヒロインを巡る攻略対象キャラ達の対決をニヤニヤして見守っていたのに。
何故、転生してしまったのがラスボスの生け贄というお先真っ暗な役割なのだ。
絶望感のあまり、ラクジットは両手で顔を覆う。
学園を舞台とした恋愛ゲーム色が強い1、ファンタジー色が強い2、両作品共にラスボスは存在している。
ラクジットの貞操と命を脅かすのは2のラスボス、暗黒竜は色々な意味で最悪な存在と言えよう。
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