1章: 01.私とこの世界について

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 今世のラクジットが生まれ育ったこの国、イシュバーン王国は、魔物が蔓延り人族を脅かしていた古の時代に、強い魔力を持ち人々から聖女と呼ばれた乙女と竜王によって創建されたと伝えられている。  古の竜王の加護による安寧の時代が続いていたイシュバーン王国だが、三百年前に南の大帝国による侵略によって滅亡の危機に陥った。  当時の国王は苦悩の末、封じられていた自身の竜の血を目覚めさせて帝国軍を打ち負かしたという。  2のラスボス、ラクジットの未来の旦那様である暗黒竜は、帝国軍を打ち負かした三百年前の国王である。  三百年前は賢王と名高かった筈の彼は、強大な竜の血に精神を飲み込まれ狂ってしまったのだ。  表向きには、国王は代替わりしているように見せ掛けているが、肉体は変わっても魂は三百年前の王のままなのである。  国王の生への執着は強く、彼の魂を宿す器は竜の血筋で強い魔力が必要となるため、王の器を生む花嫁は強い魔力を持つ女性が選ばれてきた。  国王の花嫁は、強い魔力があれば身分は問われない。  内情を知らない市民や貴族は、強い魔力を持った娘が生まれると喜んで王宮へ知らせる。  両親の顔を知らず、離宮で育ち“ラクジット”という名前しか無い自分も、きっとそうだったのだろう。  本当に嫌な表現だが、国王の花嫁は器を生む機械扱いだと感じて眉を顰めた。  結婚相手に愛は無くとも割り切れるが、身籠る子には愛情を持って前世と同じく幸せな妊婦生活をしたい。  政略結婚でも、年の差結婚でも殺されないなら文句は言わない。だが、あんな恐ろしい陛下が夫になるのだけは絶対に嫌だ。  いくら外見は綺麗でも作り物じみた、感情を全て排除した冷たい赤い目が、彼の本質を物語っている。  生き延びるためは、此処から逃げなければ思い描いた幸せな未来はない。 (でも、どうやって逃げるの?)  生に執着している最凶なラスボスは、次代の器を生ませるラクジットを逃がしてくれるのか。  謁見の間で見た国王の冷酷な笑みを思い出して、ぶるりっと身震いする。  この国は、他国に比べて魔法に長けた者が多い。  上手く逃げたとしても、追跡魔法を使われたら直ぐに捕らわれる可能性がある。  特に陛下直属の部下、黒騎士と呼ばれる三人の騎士は、一人で千の兵に匹敵する力があるとゲーム内の知識で知った。  上手く逃げないと捕まるのは確実で、捕まったら監禁されるか手足を鎖で繋がれ、首には首輪をはめられるのかもしれない。  逃げようとする足の腱を切られて泣いて叫んでも赦されずに、国王陛下に嬲られるのだ。  子を孕むまで、もしくは嫌がりながらよがる反応を気に入られたら生まれるまで、ずっと。  卑猥で恐ろしい想像して、ラクジットは一気に血の気が引いた。 (無理だわ。鎖で繋いで無理矢理とか、何その鬼畜な成人向け設定)  音をたないよう慎重にラクジットはベッドから這い出した。  安静にしていないと乳母に怒られるため、裸足のまま忍び足で絨毯の上を歩く。  赤子の時から、生け贄となるため離宮という檻で囲われているラクジットには、仕える侍女や召し使いは少ない。  部屋の周囲はとても静かで、少し音をたてれば乳母が来てしまう。  慎重に部屋を歩き、ラクジットは姿見の前に立った。  鏡に映るのは、ピンク色のネグリジェを着た少女だった。  光の加減で煌めく長い銀髪と蒼い瞳、長い睫毛は色白の肌に影を落とす。    まだ胸は膨らんで無いが手足はすらりと長く、将来有望な美少女だと思う。  自分の姿をしげしげと眺め、ラクジットは平凡な一般人だった前世との外見の違いに唸った。 「すっごい美少女……これじゃあ、国王が娘を喰うという成人向け漫画かゲームの展開を思い浮かべるのも、理解出来ないけど分かる気がする」  前世の記憶を取り戻した今、幼い姿に違和感しか抱けない。鏡の中の美少女が自分だという実感が湧かないのだ。  口角を上げニッコリ笑ってみれば鏡の美少女も可憐に微笑む。  様々なポーズを決めながら、ラクジットは鏡の中に居る美少女を観察する。  観察し続けても違和感は拭えないが、この銀髪蒼い目の少女が自分だと認めるしかなかった。 ラクジットの一人百面相は乳母とヴァルンレッドが部屋を訪れるまで続いた。 「やはり、高熱で頭がおかしくなられたのでは…….」  鏡の前で百面相をしながら様々なポーズをとっていたラクジットを見て、顔色を悪くして何かをぶつぶつ呟くヴァルンレッドに抱えられ、無理矢理ベッドへ戻される。 「もう寝ていなくても大丈夫だよ」 「駄目です。体調が戻るまでお休みください。御手洗等、移動が必要な時は私の名を呼んでください。地の果てだろうと直ぐに駆け付けます」  真剣な顔で言うヴァルンレッドは、ラクジットに掛け布団をかけて頭を撫でる。  大きな手の平で撫でられるだけで安心感に包まれ、まだ起きていたいのに徐々にラクジットは眠りの中へと落ちていくのだった。
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