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03.片割れという存在
『私のやるべき事』
②鍛える
手帳に書いた文字を、ラクジットは確認のために指でなぞる。
現在、ラクジットを護っている者は護衛騎士のヴァルンレッドしかいない。
しかし、彼は国王直属の黒騎士でもある。護衛のためというより、監視のために傍にいるのではないか。
そのため、彼はラクジットの身の安全より国王の命令に従う筈だ。
唯一信頼出来る乳母のメリッサは、鍛錬を積んだ戦士ではなく普通の女性、荒事には出来るだけ巻き込みたくはない。
幼い体が成熟し、妊娠出産が可能となる前にイカれた国王の支配下から逃亡するため、自分が頼れるのは自分だけだ。
逃亡時、邪魔をされたり追っ手が来た時は少しでも抵抗出来るように。万が一捕まって辱しめを受ける事になる前に、自害出来るよう自分を鍛えるしかない。
異世界転生設定もののお約束として、特殊能力が目覚めればいいのに。
「ねぇ、メリッサ」
午前中の勉強が終わり、教育係の女教師が退室したタイミングで、話を切り出そうとメリッサに声をかけた。
「はい、何でしょう。疲れたからお菓子を食べたいわ、ですか? 先程、ヴァルンレッド様がクッキーを用意してくださいましたよ」
さすが、赤子の頃から育ててくれている乳母だ。ラクジットの事をよく分かっている。
振り向いた彼女の手には、ヴァルンレッドが用意したというクッキー入りの可愛らしい紙袋があった。
「うっ、お菓子は食べたいけど、そうじゃなくて……お菓子は後で食べるね。私に、魔法の使い方を教えて欲しいの」
「はい?」
予想外のお願いだったメリッサは、ぱちくりと目を瞬かせた。
「ヴァルは教えてくれないと思うし、頼めるのはメリッサしかいないの」
魔法と剣術に長けている黒騎士だし、護衛騎士のヴァルンレッドに習うのが一番だというのは分かっている。
だが、前世の記憶が戻る前にも魔法を使いたいと彼に頼んだ時に、過保護からなのかラクジットが力を持つのを危険視しているのか、「私がお護りしますから、必要ありません」と、笑顔で言い切られてしまったのだ。
それに、まだヴァルンレッドが味方かどうか判断出来ないでいた。
下手に動いて、陛下直属の黒騎士に不信感を抱かれるのも困る。
「何故か、理由を聞いても?」
いつもと違うラクジットの様子に、メリッサは困惑した表情となる。
「何かあった時のため。駄目?」
「姫様は言い出したらきかないですからね。わかりました」
しょうがないですね、とぽつり呟くと,メリッサは苦笑混じりに了承した。
「……私が魔法を教えるのは無理ですが、代わりにこれを……姫様なら直ぐに理解して魔法を使えるようになりますわ」
申し訳なさそうに言うメリッサから渡されたのは、初心者用の魔法入門書だった。
市井の学校へ通って、生活魔法と初級魔法を学んだ時に使った教本らしい。
メリッサは口には出さなかったが、上に許可なく魔法を教えたと他に知られれば、彼女は罰せられるのだろう。
それなのに、我が儘を聞いてくれた彼女は侍女と召し使いに頼み、図書館で借りた本に紛れ込ませる形で入門書を用意してくれたのだ。
「姫様、日が傾く前にお戻りくださいね。それ以上は誤魔化せません」
窓から外へ出たラクジットを心配そうに見送るメリッサへ手を振って、宮殿内の庭園へ出た。
護衛をしているヴァルンレッドは、朝から離宮を出て王宮へ出掛けている。
黒騎士ヴァルンレッドが離宮を離れている間は、外には出ず宮殿内に居なければならないが、ラクジットはメリッサに協力してもらいこっそり庭園で魔法の練習をする事にしたのだ。
庭園の隅にある私の隠れ場所、奥まった茂みの中で地面に敷布を敷いた。
敷布の上に胡座をかいて座り、魔法入門書を開く。
前世から取り扱い説明書等、文字が多い本を読むのは苦手だったため、ラクジットの眉間に皺が寄る。
魔力を感じて引き出す呼吸法が書かれている基礎編を数ページ読んで、ゆっくりと呼吸をしながら目蓋を閉じた。
(感じる……体の中を巡る熱、これが魔力?)
魔力の存在を感じた私は、試しに火属性初級魔法の小さな火球を指から出す魔法を唱えた。
ボッ!
指先程度の火が出ると思ったら、手のひらサイズの炎が飛び出してきたため、吃驚して炎を敷布へ落としてしまった。
「ああっ! 消えてっ!」
パンッ
火事になると焦って手をかざせば、炎は弾けるように消え去った。
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