第十一話 内通者

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第十一話 内通者

「…龍兄。」 引佐が小さく呟いた。 日向はドアから出てきた人から目を離さず、引佐に問いかける。 「知り合いか?」 引佐は少し震えた声で答える。 「ウチの組員だ。それも、相当上等な。」 ドアから出てきた龍ともう1人の男が4人に気づき、近づきながら、静かに声をかける。 「おやおや、これは引佐様。」 「なぁに?もうここまで来ちゃったわけ?」 もう1人の男もため息混じりの声を出す。 引佐はその男を見た途端、龍以上に驚きの声を上げた。 「…! 飛鳥兄!?」 「引佐、あいつも知り合いかよ。」 「飛鳥兄はウチの組員。龍兄の兄さんだ。でも、組からは足を洗ったはず…なぜここにいるんだ。」 龍と飛鳥は2人で何か話しているが、小声で何を言っているのか聞こえなかった。 日向が引佐に小声で問いかける。 「あの二人が内通者って可能性は?」 「ありえない!あの二人は…」 引佐は考えた、可能性はゼロではないこと。 確実には言いきれないこと。 考えていると龍と飛鳥が近づいてくる。 引佐は決心し、問いかける。 「なんで、飛鳥兄がこんなところに?」 「あら、いい質問ね。でも、あんたには関係ないことよ、引佐。」 「兄様、あまり冷たい言い方をしないでください。誤解を招きますよ。」 「だって、そうでしょ?」 意味がよく分からない話をしていると、日向が前に出る。 「あんたら蝴蝶組なんだろ?もしかして内通者か?」 ド直球に聞く日向を引佐は驚いた表情で見る。 その問いかけに龍は困った表情をし、飛鳥は呆れたように笑う。 それがどのような意味をするのかは分からなかった。 「あのぉ〜。」 日向の後ろにいた瓶随組の男が声を出す。 「どうした、(みどり)?」 日向に翠と呼ばれた男が恐る恐る話す。 「話の途中にすみません。早くしないと、天狼組に逃げられるのでは?目的は天狼組組長を名乗る人物の拘束ですよ。」 翠の提案に引佐の後ろに着いていた蝴蝶組の男も笑いながら賛同する。 「そうだよ。それに、内通者が龍くんと飛鳥ちゃんなら、勝ち目はないだろうし。」 それを聞いた龍は飛鳥を一瞥し、声をかける。 「兄様には悪いですが、誤解を解くためです。話させてもらいますよ。」 「…アンタがそうしたいならすればいいじゃない。別にアタシの許可を得る必要は無いわ。」 龍は引佐達の方を向き、 「申し訳ございません引佐様。私達は内通者を見つけるべく、組長様に派遣されたわけです。本来私だけで行うはずだったのですが…」 「アタシがお願いしたのよ。」 飛鳥が龍の肩に手をおき説明を始めた。 「アタシの会社にも天狼組のやつが来たの。危うくアタシが組員だったことがバレるところだったのよ。被害が小さいうちに、ヤキ入れてあげようと思ったわけ。」 肩にかかった髪をいじりながら話す飛鳥を日向が少し怖そうに見る。 「女性っぽい口調だけど、言ってる内容は怖いな。」 引佐が答える。 「飛鳥兄は蝴蝶組の中で最強とされてたからな。喧嘩はずば抜けて強いしな。」 龍が飛鳥に続き、説明する。 「内通者は既に拘束してあります。内容によると、奥の部屋にリーダーがいるそうなんですが、なかなか見つからないのです。」 「内通者って言っても、蝴蝶組、瓶随組両方の組員。信用しなくて当たり前よ。嘘情報っぽいわね。」 その言葉を聞き、翠が不思議そうに呟く。 「ですが、両組長がここって言う情報を得ていますし、ここで間違っていないかと…」 「それが問題なのよね。奥って言えるほどの部屋もないし。」 考えていると、翠が持っていた資料を見て呟く。 「…この廃ビルは、昔建築企業に頼んで作ってもらったものがあるそうです。それは、地下構成。」 「アタシも探したわ。けど何も無かったわ よ。」 「では、地下2階も?」 「地下2階?」 翠の言葉に龍が反応する。 「私達が行ったところは地下一階までです。扉や階段のようなものは見当たりませんでしたよ。」 「とりあえず行ってみましょう。」 龍と飛鳥の後に続き、地下一階に移動する。 龍と飛鳥を合わせた6人で地下二階に続く道を探す。 「龍兄と飛鳥兄が探しても見つからないってことは相当な隠れ蓑だな。」 「どうでもいいけど、あたしのことは飛鳥と呼びなさい。龍と同じ呼び方は嫌よ。」 龍は苦笑いをし、扉を探す。 だが、どこを探すも見つからなかった。 悩んでいると、飛鳥が壁を叩き始めた。 「何をしているんですか?」 引佐が聞く。 「隠し扉を探しているのよ。これくらい常識でしょう?」 壁を軽く叩きながら飛鳥は言った。 しばらく経った時、飛鳥が叩くのを辞めた。 「ここ…見たいね。」 「見つかったんですか?」 叩いていた壁を飛鳥が勢いよく蹴り飛ばす。 蹴った壁が勢いよく倒れる。 何も言わずに中に進む飛鳥について行った。 少し歩いた所に、階段があった。 「やっぱり、ただの壁じゃなかったようね。」 「さすがは飛鳥に…姉様だ。」 階段をおりていくと、さびれた扉があり、中から話し声が聞こえる。 飛鳥がドアノブに手を伸ばし、そっと開け、中の様子を確認する。 「…」 「どうですか?」 引佐が聞く。 振り返り、飛鳥が冷静に答える。 「中には五六人ってところかしら。そこまで強くなさそうね。これくらいだったら、アタシだけでも良さそうなくらい。」 余裕でそう答える飛鳥。 いざというとき用に拳銃を構え、 飛鳥が勢いよく開ける。 中にいた天狼組の男達が一斉にこちらを見た。 龍が拳銃を構え、力強く警告をする。 「天狼組だな。我が組を侮辱した罪により、拘束させてもらおう。」 天狼組の男達は腰に着けてあった拳銃を取ろうとしたが、龍が既に銃を構えていたため、とることが出来なかった。 無事に天狼組を取り押さえ、建物を出る一行。 安心した引佐と日向は安堵のため息をつく。 しかし、翠が首を傾げる。 「おかしいですね。取り押さえた中に、天狼組組長と思しき人物は見当たりませんでした。」 それを聞いた飛鳥が焦った顔で廃墟のビルの近くにいた翠に叫ぶ。 「危ない!!そこから離れなさい!!」 飛鳥が翠に駆けつけようとしたとき、大きな爆発音が聞こえた。 次の瞬間、ビルが粉々になって、落ちてくる。 慌てて避難する引佐と日向。 土煙が納まったあと、周囲を見渡すが、翠の姿はなかった。 「…そっ、んな。翠。」 日向が言葉にならない嗚咽を漏らす。 引佐もその場で硬直していた。 何が起こっているのかわからなかった。 重い空気の中、龍が咳払いをする。 「皆さん。落ち着いてください。ビルが倒壊したものの、周りはほぼ山なので、被害はほぼないかと…」 日向が龍の胸ぐらを掴む。 「お前、何言ってるのかわかってるのか!?目の前で一人死んでるんだぞ!それとも、違う組だから誰が死のうと関係ねぇってか!?」 怒りを龍にぶつける日向に対し、至って冷静に嘲笑混じりに龍が答える。 「当然でしょう。私は蝴蝶組の黒印龍です。瓶髄組の組員がどうなろうと関係ありませんから。それと、あなたの価値観を私に押し付けないでくれますか?醜い子供ですね。」 その言葉を聞いた日向は手に力を込める。 「…そうかよわかった。なら、それなりの覚悟できてんだろうな!!」 日向が龍に殴ろうとした瞬間、遠くから拍手をする音が聞こえた。 「ほんっとーに面白い組だなぁ、瓶髄組って。ははは、ほんとバカばっかだよねぇ〜。」 大声で瓶髄組を罵りながらこちらに近づいてきた長身の男。 よく見ると、気絶した翠を抱えていた。 警戒した日向が問いかける。 「…誰だ。」 問いかけられた男は、翠をゆっくりと置き、ポケットに入っていたスマホを触りながら答える。 「蝴蝶組の桃冬(ももふゆ)くんだよ〜。ビルで潰れかけてたのろまがいたから拾ってきてあげたんだ〜。」 桃冬と名乗った男は日向にゆっくり近づく。 不気味な笑みを浮かべながら、日向を見下ろす。 「てか、さっきまで一緒にいたじゃ〜ん。もう忘れちゃったわけ?見た目だけじゃなくて、脳みそまで子供なんだね?」 日向が睨み返すが、桃冬は嘲笑で見下ろす。 懸念な空気が流れる中、翠が目を覚ます。 それに気づいた日向が駆け寄る。 「大丈夫か、翠!!」 翠はゆっくりと体を起こし、辺りを見渡す。 「私は…助かったのですか。」 まだ頭が痛むのか、少し苦しそうに答える。 桃冬が翠に近づき、手首を掴む。 日向が睨みつける。 「何をする気だ。その手を離せ!」 桃冬は嘲笑混じりに答える。 「ちょっとはその怒りっぽい性格治したらどう?脈測ってるだけだから。」 そういうと、翠の脈をはかりはじめる。 桃冬は翠の手をゆっくり置くと、立ち上がり膝に着いていた砂を払う。 「別にどこも悪くないよ。これくらいなら、救急車も病院も必要ないね。」 そう言うと、引佐達のところに行く。 引佐にお辞儀をする。 日向はその行動に、驚きを隠せなかった。 先程までの行動からは予想もつかなかったからだ。 「坊ちゃん。倒壊したビルも、我々にお任せ下さい。龍くんが何とかしてくれるでしょ。飛鳥ちゃんもいるとは思いませんでしたが。瓶髄組の輩には任せておけません。だいたい…」 そこまで言うと、引佐が桃冬の頬を叩く。 叩いた音が響き渡る。 桃冬が頬を押さえていると、引佐は懸念の表情を浮かべた。 「そのようなこと、とっくにわかっている。しかし、貴様の態度は蝴蝶組に相応しくない。非常に不愉快だ。去れ。」 桃冬は頬を抑えたまま、ため息を着く。 「坊ちゃんがそこまで言うなら、聞かない訳には行きませんね。」 そう言うと、向かいの車に乗りこみ去っていった。 引佐はまだ横になっている翠と日向の所へ行く。 「先程は私の舎弟が失礼したな。どうか許して欲しい。」 引佐が頭を下げる。 翠が起き上がり手を振る。 「私は別に気にしていません。ですが日向様が…」 「いや、俺も気にしていない。」 少し腹立たしそうに言う。 龍が近づいてくる。 「皆様、準備が整いましたので、帰りましょう。瓶髄組の皆様とはここでお別れです。」 そう言う龍に日向が近づく。 「お前、翠が助かるってわかってたのか?」 その言葉を聞き、裏があるような頬笑みを浮かべとぼける龍。 「それはどうでしょう。」 蝴蝶組と瓶髄組にわかれ、それぞれの屋敷に戻る。 龍と飛鳥と共に、引佐は屋敷に戻る。 しかし、飛鳥は途中で降りてしまった。 「またあの屋敷に入るなんてごめんだわ。」 そう言い残し、自分のアパートに帰っていった。 車内は龍と引佐のふたりになった。 引佐は龍に問いかける。 「何故あっちの若頭にあんな態度をとったんだ。龍兄らしくないぞ。」 龍は横に置いておいた鞄から煙草を取りだし火をつける。 一服した龍がハンドルを握り直す。 「あちらの若頭がどのような人物か知りたかっただけですよ。」 引佐は怪訝な顔をうかべる。 「龍兄…私にそんな嘘が通じるとでも?」 龍は煙草の火を消し、薄ら笑いをうかべる。 「引佐様にはかないませんね…」 「で、何故あんな態度をとったんだ?桃冬ならまだしも龍兄がするとは…」 「引佐様、私にも意地というものがありますから。」 そう言うと龍はスピードを上げた。
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