第十三話 帰り道

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第十三話 帰り道

いつもとは違う通学路を通り、日向の家を目指す引佐。 家が反対方向の引佐と日向は、一緒に下校するのはこれが初めてだ。 何を話せばいいかわからず、引佐は日向の後ろを俯いて歩いていた。 下を向いて歩いていたせいで、日向が止まったことに気が付かなかった。 引佐は日向の背中にぶつかる。 「ごっ、ごめん。」 「…大丈夫。だけどさ、その…。」 日向がどもる。 引佐はどうしたのかとみていると、日向が急に頭をぶんぶんと振った。 引佐は驚いたままだったが、日向が深呼吸をして、引佐を見る。 「こっからは、学校のやつはあんま通らねぇよ。素でいいんじゃねぇか?」 そう言いながら、笑う日向。 引佐はハッとして、学校でつけているメガネをとる。 「そっ、そうだな。そっちの方が、お互い楽だろう。」 引佐は鞄にメガネをなおす。 日向が歩き始めるのを待つが、一向に歩こうとしない。 どうしたのかと見ていると、日向が頭をかく。 「いや、それもそうだけどよ。その…。」 日向のなにか言いたそうな態度に、引佐は少しイラつく。 「何だ、瓶髄らしくもない。言いたいことがあるならはっきりといえばいいだろう?」 「そう、それだよそれ!!」 急に指さされた引佐は驚きのあまり声が出なかった。 日向の顔は少し赤くなっているように見えた。 「その、瓶髄って呼び方。なんで、名前じゃないんだよ?」 「は!?」 急に言われた内容が予想外すぎて、引佐はつい声が出てしまった。 日向は引佐を指さしたまま、話を続ける。 「ちょっと前に、名前で呼び会おうって、話したじゃないか!!」 引佐は、とある昼食のときの日向との会話を思い出した。 「ああ…あのとき…。」 「なのに!引佐は一向に名前を呼んでくれないし、今呼んでくれたと思ったら、瓶髄だし、それだと親父も瓶髄なんだよ!!」 日向の話を聞き、すこし申し訳なくなった引佐。 「ごっ、ごめん。」 「俺は別に、謝って欲しい訳じゃなくてだな…。」 「…じゃあ、さ、僕からも話しておきたい話があるんだ。」 引佐がもじもじしたまま言う。 日向は違和感を持つ。 「だから、今は素でいいって、なんでそんな…。」 「その事なんだけどさ。」 引佐が決心したように、もじもじしていた手で制服の裾をつかみ、下げていた顔を上げる。 「…その、こっ、こっちが僕の素なんだ。」 「は?素って…。学校の引佐が素なのかよ?」 「…自分でも、素がどっちなのか分からないんだ。小さい時から猫かぶるのはうまかったから。」 引佐は答える。 「でも、物心ついた時から蝴蝶 引佐だった僕は、どっちが本当の僕なのかわからなかったから。」 「でも、初めて瓶髄の屋敷に来た時、分けてるって、」 「うん、分けてるのは事実だし、多分、学校が素…かな。僕にもわかんない。蝴蝶組にとっては、強い僕が素の都合はいいだろうし…。」 「はぁーーー。」 日向の長い溜息に、引佐が首を傾げる。 「どっ、どうしたの?」 「それって、結局瓶髄引佐の意見だろ?」 引佐は首を傾げたまま固まる。 「そうだよ?僕は瓶髄引佐だ。」 「だから、違うって。俺が聞きたいのは、引佐の答えなんだよ。お前は、どっちの方がいやすいんだ?」 「どっち…。考えたこともなかったな。」 険しい表情で考える引佐を見て、また日向は溜息をつく。 「じゃあ、俺といる時はどっちがいやすい?」 「びっ、瓶髄と??」 「そうだ。てか、瓶髄じゃなくて日向な。」 「んーー。」 うなる引佐。 「やっぱりこっちの方がいいかな…。でも、日向くんには、両方の僕を好きになって欲しい…かな?」 空を見上げながら何となくつぶやくように言う引佐。 しばらくしても、日向の返答がないことに不安になった引佐は、日向の方を見る。 日向は、耳まで真っ赤にして硬直していた。 引佐は、何事かと青ざめ、慌てる。 「どっ、どうしたの?僕、何か変なこと言ったかな?」 引佐が日向の顔を見る。 「いっ、いや、そうじゃ、ねぇけ、ど…。」 引佐は疑問に思ったまま、日向の顔を覗き込む。 身長差から、引佐は日向をみあげる形になっていた。 「その、お前、それ無自覚か?」 「え、無自覚?何が?」 日向は今までで1番のため息を着く。 「はぁーーーーーー。」 「な、なんだよ…。」 「そういうこと、俺以外に行ったりしてないよな?」 「は!?言うわけないだろ!!」 「……。」 日向は、引佐に疑いのような目を向ける。 その目に対しても不安になる引佐。 しばらく目を合わせていたが、日向がふいっと、そっぽを向いた。 引佐が、ガーンとなっていると、日向の目に、一人の男性が写った。 「おい、引佐。あの人。」 「…あれ、佐藤先生…!やばい!眼鏡!」 引佐は慌てて眼鏡をかけ、日向は鞄の持ち方を変え、制服の胸元のボタンを止める。 佐藤先生と呼ばれた男性は、地図のようなものを広げて、あたりをキョロキョロと見回していた。 佐藤先生は、引佐と日向に気づき、歩きながら地図を折りたたむ。 「君は、高木くんと、鈴木くん??いやぁ〜良かったよ。ここら辺、生徒通らないから、不安だったんだ。なにせ、最近引っ越してきたばかりでね。」 佐藤先生は、引佐と日向の副担任だ。 20代前半という、若くてイケメンの先生として、学校でも人気があった。 特に女子層に。 「何しているんですか?」 引佐が問掛ける。 「とある、建物を探してるんだ。」 にこやかにそう告げる佐藤先生。 日向が、高木日向として微笑む。 「僕、ここら辺に住んでるので、詳しいと思いますよ。案内しましょうか?」 佐藤先生が、ずっと不安そうだった目を輝かせる。 「本当かい?それは、助かる!!」 「どこに行きたいんですか?」 佐藤先生は、言いにくそうに、頭を搔く。 「いや、言いにくいんだけど、ここだけの話にしてくれないかい?他の人にバレたら、僕が社会的に死んじゃうからさ。」 「社会的に死ぬ場所…逆に気になりますね。」 引佐が苦笑いを浮かべる。 日向が軽く笑う。 「わかりました。何があっても言いません。」 引佐も同意するように頷く。 安心したように肩の力を抜いた佐藤先生が、安堵のため息を漏らす。 「良かった。君たちは、うちのクラスでも優秀な子達だし、信用するよ。もっとも、お願いする立場なんだけどね。」 佐藤先生が、手に持っていた地図を鞄に入れる。 「僕が行きたいのは、極道の瓶髄組の屋敷なんだよ。」 引佐と日向は、時が止まったように佐藤先生を見ることしか出来なかった。 佐藤先生は、笑った。 「いやぁー!!嘘だよ嘘!その近くにあるぬいぐるみショップに行きたいんだ。いい歳して、ぬいぐるみを買うなんてバカにされるだろうからさ。」 佐藤先生の言葉に、逆に安堵させられる引佐と日向。 誤魔化すように日向が笑う。 「びっくりさせないでくださいよ。それなら分かります。案内しますよ。鈴木くん、いいかな?」 日向の問いかけに、引佐は頷く。 「僕は全然いいよ。気にしないで。」 佐藤先生は申し訳なさそうに、 「ごめんね、せっかくの帰りに。いや、楽しみだな!」 日向と引佐の後ろに佐藤先生がついてきている形になった。 佐藤先生は、ずっとスマホを見てにやにやしていた。 きっと、ショップの写真を見ているんだろう。 まさかこんな趣味があったとは…意外性に、引佐と日向は目を合わせて苦笑いを浮べる。 「そこに行くには、瓶髄組の屋敷の前を通らないといけないんですけど、大丈夫ですかね?」 白々しく聞く日向に、驚いた表情の佐藤先生。 「え!?そうなの?困ったな、万が一事件なんかに巻き込まれたらどうしよう…。」 佐藤先生が青ざめた顔で考え込んでしまった。 日向は、佐藤先生を安心させようと、 「大丈夫ですよ、あんまり、そんな外に出てるようなところ見たことないので。」 日向の言葉に、少しばかり安堵したような佐藤先生は、頷く。 「そうか、なら大丈夫そうだね。じゃあ!行こうか!!」 気を取り直した佐藤先生は、前を勢いよく指さす。 引佐と日向は、佐藤先生の勢いに押され、歩き出す。 しばらく歩いていると、人混みができている場所があった。 そこから何やら複数人の声が、かなり離れていた日向達にも聞こえた。 何事かとみていると、それが瓶髄組屋敷の前であることに気づく。 それはまさしく暴動と言える光景。 複数人の殴り合いが行われていた。 日向はその光景を見て何事かと焦る。 引佐はその中に龍と桃冬の姿をみつけ、冷や汗が出る。 天狼組について相談をしようとした矢先にこのザマだ。 この暴動の前を通ることは絶対にできない。 「先生、今ここを通るのは危険なので…。」 「いや!僕は決めたんだ!超レアなテディベアを手に入れると!!」 そう言いながら、暴動が起きている場所へずんずんと進んでいく佐藤先生。 日向と引佐は何とかして止めようと、佐藤先生の前に立つ。 「さっ、さすがに危ないですよ!だって相手はヤクザですし…。」 「いや!僕はくまのぬいぐるみを手に入れるために来たんだ!!」 「そうですけど、今は結構…。」 「おや?引佐様ではありませんか?」 引佐が佐藤先生を止めていると、後ろから声をかけられる。 その声は充分聞き覚えのある声だった。 振り返ると、龍がにこやかに立っていた。 引佐は、白々しく答える。 「ひっ、人違いでは?」 「人違い?私が引佐様を間違えるわけが…。」 龍は、引佐の後ろに見知らぬ男性がたっていることに気づく。 龍は長いため息をつき、微笑みを戻す。 「人違いですね。引佐様にお友達はいませんでしたよ。」 カチンときた引佐だが、取り乱さないように拳を握る。 日向が引佐の前に立つ。 「この先の雑貨屋に用があるんです。どいてくれませんか?」 龍はまた長い溜息をつき、道を開ける。 「特別に通して差し上げましょう。でも、今は通らない方が…。」 そう龍が言い終える前に、佐藤先生が走り出す。 「僕の未来が待っている!さぁ!行こうじゃあないか!!」 先生は勢いよく暴動の中へ走り出す。 龍はそれを不思議そうに見つめ、日向と引佐は慌てて佐藤先生を追いかける。 「まっ、待ってくれ!!」 佐藤先生は、暴動の中に突っ込もうとした瞬間、足が止まる。 引佐と日向もそれにつられたように足を止める。 しばらくの沈黙の後、一人の男性がこちらに気づいた。
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