第十四話 異変

1/1
前へ
/17ページ
次へ

第十四話 異変

気づいた男性は、殴り合いをやめ、こちらを見て口をパクパクとさせていた。 それに続くように、何人かの男性は、殴り合いをやめた。 膝をつき震える男性もいた。 引佐と日向はそれを見て、暴動をやめた男の共通点は、天狼組であることに気づく。 いきなりどうしたのかと引佐と日向は見ている。 やがて、天狼組と思われる一人の男性が口を開く。 「なっ、なんで…ここに…今日は学校があると…。」 そう話す男性の視線の先には、佐藤先生がいた。 引佐と日向は佐藤先生の後ろ姿を見ることしか出来なかった。 あとから歩いてきた龍も首を傾げる。 「引佐様、あの方は?」 「ああ、私の副担任の先生だが…。」 「ですが、先程と風格が違いますねぇ。」 そう話す龍はどこか面白そうだった。 龍が面白そうに笑う時は、必ず何かが起きる。 引佐はそう確信していた。 しばらくの沈黙のあと、佐藤先生が引佐と日向の方に振り返る。 「すみません。あなた達を利用するつもりはなかったのですが。」 そう話す佐藤先生は、いつもの先生だった。 だが、内容は普通ではなかった。 「まさか、おふたりも組に関わりを持っていたとは驚きです。その方とはお知り合いなのでしょう?」 そう話す佐藤先生は、龍を見て微笑む。 龍も微笑みで返すが、どこかその笑みは穏やかではない。 佐藤先生は、引佐と日向に向き直る。 「最近、天狼組と言う組が暴れているという噂を聞いたことがあるのでは?」 「…噂。」 引佐は混乱した頭を必死に整理し、そう呟いた。 日向がそれに反論する。 「噂?そんな安いもんじゃない。俺達はその天狼組に…。」 「やはりあなたは。」 佐藤先生は、日向に近づき、微笑む。 「瓶髄組若頭、瓶髄日向さん。それが、あなたの本当。なのですね。」 佐藤先生はそう静かに告げたあと、後にゆっくりと振り返り、歩き出す。 それを見た天狼組の男たちは、一斉に後ずさる。 しかし、その全員が、逃げる気力がないのか、尻もちを着いたままだった。 「やはり、私は頼りないのでしょうか。」 そう呟いた佐藤先生は、どこか寂しそうに男たちを見下ろす。 「ここにいる天狼組全員、首を切れ。」 一瞬、何を言ったのか、何を言われたのか、全員わからなかった。 ただ冷酷に、それを見つめる男が一人いるだけだった。 「こっ、これは、我が組を思って…。」 そう言う一人の天狼組の男に佐藤先生は近づく。 顔を伏せていた天狼組の男の髪を掴み、無理やり顔をあげさせる。 その光景は、あまりにも残虐で、日向と引佐は佐藤先生を止めようとした。 しかし、それを龍が止める。 「!?、龍兄、なぜ止める?」 「当たり前でしょう。これは天狼組の問題でしょうし。それに…。」 龍が言葉をそこできり、不敵な笑いをうかべる。 「あの方を少し見ていたい。」 佐藤先生は溜息をつき、怯えている男たちを一瞥する。 「顔は覚えた。もう、散っていいぞ。」 そう言うと、引佐達の方へゆっくりと歩き始めた。 天狼組の男たちがなにか言おうとしているが、声になっていなかった。 歩いてきた佐藤先生の表情はいつもの佐藤先生だった。 「瓶髄組、蝴蝶組の組長さんとお話がしたいのですが。取り合って貰えますか?」 優しくそう話す佐藤先生は、どこか寂しそうだった。 龍が咳払いをする。 「取り合うのは簡単ですが、あなたのお名前を聞いても?あぁ、もちろん。で。」 佐藤先生が一瞬驚いた表情をした後、微笑む。 「天狼四季(しき)。それが本当の僕の名前です。」 「天狼…。まさか佐藤先生が…。」 日向と引佐は、予想もしていなかったことが目の前で起き、動揺を隠せなかった。 それもそのはず。 引佐と日向にとって佐藤先生、もとい四季は、穏やかで女子人気の高い平凡な教師。 その印象があまりに強すぎた。 まさか組に関わりがあるとは思ってもいなかった。 「意外と世間は狭いのかもな、引佐。」 そう言いながら苦笑いをうかべる日向と、全く同じ思いの引佐が頷く。 日向が一歩前へ出る。 「俺は瓶髄日向だ。お互いもう隠し事はなしだ。どうやって俺が若頭だってわかった?それを教えてくれたら、組長と掛け合ってやるさ。」 日向の言葉に一瞬躊躇った様に、気まずそうな顔をする四季。 「それは…。」 「それは?なんだ、まだ隠してることがあるのかよ。」 「いえ、そうではなくて…。天狼組の者から情報は得ていたんです。でも、まさか本当にあなた達が組に関わっているとは…。」 そうごにょごにょ話す四季を見て龍が手を叩く。 「あぁ、確信はなかったが、反応を見て確信を得たってことですかね?」 「まぁ、そうなりますね。」 「なっ!」 引佐はすごく驚いていた。 龍の推理力が高いことを痛感したこともあるが、それよりもさらに、 「龍兄が、まともに会話してる。」 龍といえば、自称参謀ではあるものの、実際は桃冬と同じですぐ暴力に走ることで名が通っている。 そんな龍が話をまともに聞くだけではなく、他の組の奴と真っ当な話をしていることに驚いた。 「龍兄、何かあったのか…?」 「失礼ですね引佐様。さすがに怒りますよ。」 半分キレそうな龍は、静かにそう言う。 日向がきっちり止めて居た制服のボタンを外す。 「まぁ、バレたんだし、いつもの俺でいいよな。まさか佐藤先生が天狼組だとは思わなかったぜ。」 「あぁ、確かに。あの佐藤先生が若頭だったとわな。同じ天狼の苗字だ、若頭とまで行かなくても、血筋のものだろう。」 そう話す日向と引佐の会話に四季は言いにくそうに、 「あっ、あの〜。」 「なんだ?また俺たちの組になにかしようってのか?」 「それなら今度は正々堂々、真正面から来なさい。蝴蝶組が御相手しましょう。」 「いや〜えっとぉ〜。」 言いづらそうにそう言う四季をした後、引佐と日向は不思議に見ている。 意を決したように四季が口を開く。 「若頭ではなく、組長なんですが…。」 「「……え?」」
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加