第四話 亀裂

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第四話 亀裂

中庭の見える長い廊下を静かに歩いていた。 不意に瓶髄組の若頭が立ち止まり引佐の方へ振り返った。 疑問に思った引佐より先に若頭が口を開いた。 「引佐…と言ったな?」 引佐の表情が一瞬であおざめる。 普通であれば姿を見た時、違和感に気づくべきだった。 いや、既に違和感は感じていた。 予想ができなかっただけだった。 引佐は全身の鳥肌が立った。 まさか声だけで気づかれるとは思ってはいなかったのだろう。 瓶髄組の若頭は引佐の青ざめた顔を見て、しまったと思った。 瓶髄組の若頭がマスクとサングラスを取った。 そして、優しく微笑む。 「やっぱり、鈴木くん…だったんだね。」 そこには、恋人 高木 日向の姿があった。 引佐は俯き、震えた声で口早に言った。 「部屋に…案内してくれないだろうか?」 こんな姿を瓶髄組の奴等や蝴蝶組の奴等に見られる訳には行かないと思ったからだ。 日向は早歩きで、部屋を案内した。 引佐は部屋に入ったあとも立ちすくみ、 呼吸が荒く少し震えていた。 そんな引佐を心配し、日向は手を取ろうとした。 「鈴木くん…大丈…」 「…ッ、触るな!私に触るな!」 引佐は日向の手を大きく振り払った。 引佐は振り払った衝動で、後ろに尻もちを着いてしまった。 その拍子に痛みでかよく分からない涙が、 スゥーっと流れてきた。 嘘だろ…なんで…なんで… なんで君がここにいるんだよぉ!! 神様、仏様、組長様… 誰でもいいから僕を助けて… 運命の人…僕の太陽がぁぁぁぁあ!! 引佐はやりきれない気持ちを無理矢理整理し、 瓶髄組の若頭 もとい、日向に向けて、 「済まない。取り乱してしまった。」 至って平常心を偽り、置いてあるテーブルを間に向かい合って座った。 涙で視界が揺れていた。 置かれていたお茶は、瓶髄組の奴が置いたのだろうか。 まだ温かい。 心を落ち着かせるために、置かれたお茶を1口飲んだ。 気持ちも大体落ち着いた引佐は日向に向けて笑うように問いかけた。 「まさか君が瓶髄組の若頭だったとわな。飛んだ誤算だよ…それで、蝴蝶組の若頭である私と恋人になり、私を騙していたってことか。はは、まんまと騙されたよ。」 お茶を飲みながらそんなことをゆっくり話した。 大丈夫、言葉は話せる。 そう確認しながら日向の目を見た…しかし、見た途端引佐は唖然とした。 日向がこちらを少し悲しむような目を向けていた。 引佐は息を飲む。 引佐はなにか言おうと必死に考えていると。 「鈴木くん…いや、蝴蝶組の若頭 引佐さん。 あなたは何か勘違いしている。本当にそれが目的なら、ここで正体を明かすわけがないだろう?僕は、君のことを本当に好きなんだよ。」 優しいいつも見る日向の表情に安堵しかける引佐だが、相手が瓶髄組若頭だということを思い出し、警戒をする引佐。 「それは失礼なことを言ったな。だけど…」 引佐は1つ間を置き、そして日向の目を見た。 「それは君の本当の口調なのか?私のように学校と組で区別をつけているのではないか?」 恐る恐るしかし、平常心を心掛け質問した引佐に対し、少し考えるように顎に手を当て、そして… 「っ、ははははっ!そうだな、俺もこっちが本当だ。」 急に爆笑する日向を見て引佐は硬直するしか無かった。 軽蔑する目を向けられると思っていたからだ。 なのに、逆に笑われた。 いや、これは嘲笑なのかもしれないと顔を見たが、そうでも無いようだ。 何を考えているのか分からず、ただ黙っていると。 「引佐さん…いや、同い年なんだし、引佐でいいよな、お前のことは本当に好きだよ。心からな。でも、まさか敵組の若頭だとは気づきはしなかった。こっちも大きな誤算だよ。敵組と友好関係になっちまったなんて、あーおかしい。」 まだ、爆笑する日向に対し、引佐はわざと咳払いをし、話し始める。 「お互い知らなかったのは理解した。しかし、これからもこの恋人関係を続ける気は私には無い。何故よりによって今、敵対心で旺盛の対象者を好きである必要が見当たらないからね。だから…」 「それはだ〜め。」 不意に人差し指で、引佐の口を止める日向。 その態度に対してか、引佐は日向をキッと睨んだ。 その目に動じることなく日向は座り直した。 「じゃあひとつ聞くが、何故俺と付き合おうと思った?」 「なっ!」 動揺したのがバレバレな声をあげた引佐にまた軽く笑う日向。 だが、まだ日向の質問は終わっていなかった。 「俺の事、もとい、高木日向が本当に好きなら別れ話は持ち出さねぇだろ?あぁ、それとも、こっちが俺の本性だって知って嫌いになった…」 「そんなことない!!」 急な大声にさすがの日向も驚いたのか、文字通り大きく目を開けた。 ハッとした引佐は、咳払いをし、言い訳のようなものを始めた。 「ちっ、違う!今のは本当に違うんだ!いや、確かにお前ら瓶髄組の奴等は嫌いだが、別に高木くんのことを嫌いになったりは絶対にないし…いやっ、でも…蝴蝶組に手を出した落とし前をつけてない奴らのことは嫌いだけど…」 ブツブツと言っている引佐を、 「おい、ちょっと待て、今なんて言った?蝴蝶組に手を出したって?」 その言葉に反応したのか、引佐も言い訳を辞め日向の方に目をやる。 「あぁ、お前ら瓶髄組の奴等が夜中、何度も叔父貴…組長の不在を狙って押し入ったり、そんなことを何度もしてきたでは無いか。」 過去のことを辿りながら話す引佐に疑問をぶつける日向。 「おいおい、話が違ぇぞ、そういうことをしたのは蝴蝶組の下っ端どもじゃねえのかよ?」 少し困ったような表情で投げかける日向の質問は引佐をさらに混乱させた。 2人が無言で考えていると、襖の方から声がした。 「日向様、組長がお呼びです。早急にくるようにとのことです。失礼します。」 どうやら瓶髄組の付き添い人のようだ。 日向は立ち上がった。 「いい機会だ、どうなっているのかを親父に聞こうぜ。組の問題は俺の問題だからな。」 そう言いながら、困惑する引佐に手を差し伸べる日向。 引佐は手を取ろうとしたが、その手を払い除け少し俯き、 「私は君に、借りを作りたくない。」 そう言いながら立ち上がり、ワイシャツの襟を整えた。 「…そうか。じゃあ、行こうか。」 日向は襖を開けた。
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