山田と十神とクール女子

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山田と十神とクール女子

ああ、暇だ。 やる気のない瞳で、山田はぼーっと青果コーナーの玉ねぎを見て思った。 なんで忙しい日って合間にめちゃくちゃ暇な時間ができるんだろう。 いるか?この時間。 山田が後ろを振り向くと、十神がレジに入ってサボっていた。 「おい十神。もうレジ混んでないんだからサボってないで品出ししてきたらどう?」 山田がそう言うと、十神はビクッとした後、こっちを振り向いて黒縁メガネをクイクイッと押し上げた。 十神はThe・オタク!!という感じの風貌で、お腹はポヨンと出ていて、金髪だが中央分け、髪を後ろで結んでいる。 「はっはっは!冗談がキツいなあ山田氏は!我はサボってはいない!サボってはいない……が!!確かにそろそろ抜けた方がよさそうだ!!」 「うん、店長に怒られるぞ」 「ああ!ところで山田氏!我、この前こういうことがあったんだがな?」 「お前まだサボる気じゃん。クビになれよ。」 十神は俺の事を無視して喋りだした。 「アイさんがいるであろう?」 「あー、あのピアスバチバチに開けてるアイパイセン?」 「そうだ。そのアイさんなんだが、前休憩が被った時にな?」 「うん」 「我が、隣の店で買ってきたビックバーガーを食べていたんだが。」 「またお前ビックバーガー食ったのかよ。」 俺は十神の腹をみて言う。十神は顔をしかめた 「なんだ。悪いのか?好きな物を好きな時に食って!悪いのかっ!?」 「だからお前アイさんにデブって呼ばれるんだよ。」 「ぐっ、、」 十神は心にダメージを受けたが、なんとか持ちこたえた。 「まあ、山田氏。我が話したいのは我のキュートな体型の話では無い。話を続けるぞ。」 「ハイハイ。」 「あいさんは基本イヤホンつけながら無言で休息を取るのはおまえも知っておるだろう。山田氏」 「あー、確かに。ずっとスマホいじっているな。」 俺は思い出すように言う。 「我はそれを見てな、もしかしたらアイさんは、我に声かけられるのを待っているのでは!?と気づいたんだよ。」 「絶対に違うでしょ。それ。どうしてそう思ったお前。」 「まあ聞け。もし、アイさんが我の話を待っているのだとしたら、無言だなんて、すごく失礼な事だろう?だから話かけようと思ってな。」 「そしたらな!山田氏!そう思った矢先、 我がじっと見つめている事に気づいたあいさんが、『何見てるのぽっちゃりさん。』と先に話しかけてきたんだ!!」 「それ、何見てるんだよデブ。って言われたんじゃないの?」 十神はギクリと表情が強ばった。やっぱ図星かよ。 「……まあ、あいさんに言われるのだったら我はデブと言われてもいいのだ。」 「十神……お前デブデブ言われすぎて目覚めてしまったのか?Mに。」 俺が冗談でそう言ったのに、十神は真剣に考え出した。 「うーむ。なぜかアイさんに『おいデブ』と言われると身体がゾクゾクするんだ。 なんでだろう!アイさんが無口で可愛いからか?いや、それとも我は元々マゾヒストだったのか!? なあ山田氏はどう思うんだ!?!?なあ!!山田氏!!」 「それはいいから話を続けろ……」 正直これ以上聞きたくなかった。 「……あ、ああ、そうだったな。 我は『お前何見てるんだ』とアイさんに言われて、話題に困ったんだ。冷や汗をかいた。だがその時彼女のイヤホンを見てすごくいい話題を思いついたのだ!!」 「なに?」 十神はメガネを光らせて、ニヤリと笑った。 「それは……な!!『いつもイヤホンしてますが、どんな曲を聞いておられるのですか!?』……だ!!」 「なんだよ。めちゃくちゃ普通じゃん。期待して損した。」 十神の事だから、悪の組織を倒しに行こうとか言うかと思ってた。 「いやそんなこと無いだろう??あいさんがどんな曲聞いているのか。山田氏は気にならないのか……?」 えー、と言いながら俺はポリポリ頭をかいた。 「どうせパンクロックとかじゃないのか?」 無口でかっこいい系の女性ってパンクロック聞いてそうな気がする。 それを聞いて十神はこういった。 「チッチッチッ。もしそうじゃなかったらどうする?もっと意外な曲だったら?」 「!!!」 あいさんが聞いてるのがパンクロックじゃなかったら……?? 確かにちょっと何か気になる。 もしかしたらアンパンマンマーチが好きかもしれないし。 もしかしたら勇気100%かも…… やばいすごく気になってきた。 「…………それで、結局なんだったんだよ。十神お前聞いたんだろ。」 「やはり知りたいか……?山田氏……?」 「いいから早く教えろ。」 「……機密……事項だ……!!」 不敵にニヤリと笑った十神の顔に、山田はイラッとして、重ねてあるレジカゴを8個ほど持ち上げた。 「や、やめろっ!!カゴを投げようとするなッッッ。」 「んじゃ早く教えろよ。」 山田はカゴを戻しながら言った。十神はボソボソと話し出す。 「実は我に教えてくれなかった。『教えない』とだけ言われてそのまま無言で休憩が終わってしまった。ごめんなさい。」 「なんだよ。使えないな。」 「そんな言い方は無いだろう!山田氏!」 隣のレジで十神がプンプンしてるが、僕はアイパイセンがなんの曲を聞いてるのか気になってしょうがなかった。 こういうのは1度気になると知りたくてしょうがない。 そうだ。 「じゃあ十神。今度アイパイセンからイヤホン奪って聞いてみてよ。」 「断る!!!!!」 十神は腕を組んで言った。 ドーーーン!!と効果音がなるほどの迫力だ。でも十神はだいたい大袈裟だから普通の事だった。 「なんで?」 「いや、なんかっ、そのっ、」 何故か十神が急に恥ずかしがりだした。 「なんだよ。早く言えよ。」 「なんか、、お耳とお耳の関節キッスみたいではないか。」 「……」 「冗談です。アイさんに殴られるのが怖いです。」 「前十神、間違って胸触って腹パンされてたもんな。」 「思い出させるな!山田氏!」 十神は恐怖に震えた。メガネが白くなる。 「でもさ、十神。イヤホンくらいだったらきっと笑って許してくれるよ。『もう、おいたしないのっ!』って。」 「確かに……我が現実的に考えたとしても、『次やったら殺す……』で済むかも。」 「頑張れ十神!応援してるよ!!」 山田はキラキラした目で十神にエールを送った。 一一後日一一 仕事が終わったあと、22時勤務のおばちゃんに変わって退勤した後、十神、山田、あいは、売り場でウロウロしていた。 十神は今日イヤホンを奪って内容を聞いてやると決心していた。 ズンズンと緊張した足取りで店内を回る。 あいさんは、お菓子コーナーにいた。 しゃがみこんでチョコのパッケージの裏を見ている。 十神は吹き出る汗を拭って、あいの後ろに回り込んでイヤホンをじっと見ていた。 息を殺す。 サラサラツヤツヤな暗いピンクの髪と、耳元のバリバリピアスとイヤホンが見える。 心臓がドクドクする。十神はゴクリと唾を飲み込んだ。 「性犯罪者ってあんな感じなのかなー……」 遠くから見守っていた山田はキモッと小さく呟いた。 「……なに?」 急にこちらをバッと振り向いたアイにびっくりして、十神の声が裏返った。 「ひゃっ、はいっ!そのお菓子美味しそうだなと我も思ってたのでつい!」 アイはジローっと十神を睨む。 滝のように流れるデブの汗。 「……そ。」 怪しいけどそれ以外理由ないだろうし、十神がキモイのはいつもだし。いっか。 そう思ったアイはまた前を向きチョコを眺めだした。 (い、今だ!!) 十神は今がチャンスだと思って、ゆっくりゆっくりふっくらした、汗ばんだ手を耳元へ近ずけた。 「はあ、はあ、」 息を荒らげる十神を見て、山田は汗をかいた。 「うーん、これはもう明らかに変態だな。通報しようかな。」 そおーっと耳元からイヤホンのスレスレまで手を近ずけて、十神はバッ!っとアイのイヤホンをひったくった。 「!?!?」 「アイさんすみません!聞かせてもらいます!!」 何が起こったか分からないアイと、女の子からイヤホンを奪って無理やり聞く十神。 すると曲を聞いた十神は目を大きく開いて動かなくなった。 それを見てアイは全てを理解した。そして何故か顔を赤くして、拳を握った。 「このっ……!!」 アイの重い一撃がドスンと十神のわがままボディにぶち当たる。 大きく開けた目はもっと開き、メガネは虚しく床へ。口からはヨダレが出た。 「カッカハッ……!!!!」 十神は膝を着いて、 「グフ……!!」 その場に崩れ落ちた。 アイは顔を赤くしたまま舌打ちをして、イヤホンをひったくって、逃げる様にどこかへ言ってしまった。 「十神ーーーー!!!!」 山田は崩れ落ちた十神に駆け寄った。 「なんて曲だったんだ!?!?」 「まず最初に大丈夫か?と、安否を確認するのでは無いのか?山田氏……それに普通にぶん殴られたし。話が違う……」 地面に左頬をつけながら、十神は言った。 「それはそうとなんだったんだ!?」 「くそう……人の心のないバケモノめ。まあいい。教えてやろう。」 山田は唾を飲んだ。あいさんは何を聞いていたんだろう。 「……西野 サナだった。」 「……え?会いたくて震えるやつ?」 「そうだ。」 「…………」 「…………」 ちょっとだけ2人は無言になった。 かっこいいあいさんが、西野 サナ…… 「ちょっと可愛いな。だから顔赤かったのか。」 「ああ。ギャップ萌え萌えだぞ。山田。我は恋をしてしまったようだ。」 地面に頬をつけながら十神は言った。 「だとしたら、とてもマイナスからのスタートだな。」 山田は十神の肩をポンと叩き、十神はそのままお菓子コーナーで力尽きるのであった。 【十神ステータス】 オタク、デブ、メガネ陰キャ、厨二病重症患者、ポジティブ
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