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授業が終わり綾美と別れた後、
少し予定の時間まで空き時間があった。
カフェで時間を潰すには短すぎるし、予定の場所まで早めに行くには早すぎる。
久しぶりに構内にある小さな庭園にでも行こうと思い一人、足を向けた。
各学部ごとに分かれた校舎とは別にある、共通校舎の裏手にあるその小さな庭園は学生が思い思いに過ごしている、割と居心地の良い場所だ。
ベンチに座るカップル、
1人で本を読んでいる人、
友達と談話をするグループ、
ピクニックのようにお弁当を食べる人、
楽器を吹く人。
みんな自由だし、元々自由な校風というこもとあってか大学側もここでの自由を許してくれているのだ。
ちょうど空いたベンチがあったので、そこに座り一息をつく。
梅雨が明けるかどうかという今日は、よく晴れていて気持ちが良い。
風が程よく吹いていて、気温は高いが暑苦しくはない。
梅雨は植物を潤わせ、優しく見せる気がするから嫌いではないが、やっぱり晴れた日の方が好きだ。
早く夏が来れば良いなと思いながらスマホを取り出し、約束している人にLINEを送る。
『夕飯作るね』
既読がつくのはきっとしばらく経ってからだろうなと思うが、
返事が来る、それだけで良い。
そう思っていた。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。
好きだったサークルの先輩に、告白してフラれたのに、良いようにされている。
弄ばれてる、と言った方が良いのか。
付き合う、という形をとっていないだけであって実際はそういう関係なんじゃないかと勘違いすることもある。
けれども自分は彼の特別にはなれない。
ただ、彼の同情のような優しさに漬け込んで、そばにいれるという脆い幸せに浸っているだけだ。
それでも辞められない。
いつかもしかしたら。
そんな自分が不甲斐ないとは思ってはいる。
ふと空を見上げると、真夏と見紛うような入道雲ができている。気持ちが良い空だ。
そう思った時だった。
一瞬、強い風が吹いた。
思わず髪を押さえる。
自分は飛ばされるようなものを持っていなかったが、本を読んでいた人は勝手にページがめくれ、レポートだろうか、紙を手元に置いていた人は見事にバラバラと飛ばされていた。
そんな様子を他人事に見ていると足元に一枚、紙が飛んできた。
誰かのものかと思い手に取り拾い上げると、それは一枚の絵だった。
思わず息を飲んだ。
青天の霹靂とはこういうことを言うのか、と。
自分の体に何か電気のようなものが走った気がした。
藍色と茜色。
たったの二色で描かれた抽象的な絵だ。
夜の藍と、夕方の茜色なのか。
それとも別の何かを描いたものなのかはわからない。
けれどその深い藍色と、鮮やかな朱に染まった茜色が自分の心を奪っていったことは確かだった。
「あの…」
その声にハッとし、声の主の方を向いた。
目の前には自分と同じ学生だろう男の子が立っていた。
「あ、ごめんなさい。これ、あなたのですか?飛ばされなくて良かったです」
「ありがとうございます」
持っていた絵をその人に返すと彼はそう一言だけ言って自分の前から立ち去った。
その後ろ姿をいやらしくない程度に目で追うと、自分の座っていたベンチから少し離れた芝生の上で画材を広げて絵を描いているようだった。
(うちの大学、芸術系の学部ないのにな)
もったいない、そうなんとなく思った。
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