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その1:一世一代の大勝負
少しだけ、夏の香りをはらんだ風が吹く。
それは雑草がまばらに生える体育館裏から、淀んだ空気を追い出した。
「あ、あ、あの…」
制服姿の男子生徒、マサオが緊張した面持ちで口を開く。
そのでっぷりと太った手が小刻みに震える。
彼は今、一世一代の大勝負に出ようとしていた。
「……」
大勝負の相手は、不安げにマサオの動向をうかがっている。
それはユウカという名の女子生徒だった。
彼女は右手を握りしめて胸の真ん中に置き、それに左手を重ねている。マサオと同じく緊張している様子だが、彼ほど震えてはいない。
放課後の体育館裏に呼び出されたのだ。
どういった用件かわからないほど、ユウカは鈍くも世間知らずでもなかった。
「あのっ……!」
マサオがひときわ強く声を張る。
普段からぼそぼそとしゃべる彼のこと、声を張ったところでそれほど大きくはならない。
ただ、先ほどよりは強い声だった。その差がユウカの体を震わせ、こわばらせる。
マサオには余裕がない。
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