庇護

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「ああ、怖かったわねー」  カプリがテンのそばに泳ぎ着いて、絡みついた甘藻をほどいていく。  カプリの背後で、主様がボリッボリッと何かを噛み砕く音が聞こえた。  口を覆っていた甘藻がほどけてから、テンは何か言わなきゃと口を開いたが、聞きたいことが沢山あって頭がパンパンだった。 「な、なんで母ちゃん、フレアの魔除けの電撃攻撃が効かないんだ?」  そんなわけで、真っ先に口をついて出てきたのが、最初に疑問に思ったことだった。  カプリは、なんで今? という顔をして首を傾げ、少しの間を置いてからフフッと笑った。 「わたしは、歌が下手だから、かもね」  テンに絡みついていた甘藻をすべてほどき終わると、カプリは主様の方に振り返った。 「主様、お力添えありがとうございます。以降は、こちらで何とか納めますから」  主様は触手を振り上げると、幼生二匹を引き連れて引き上げていった。  そういえば、主様、母ちゃんのお願いは聞くんだ。  なんで? 「どうしたの? テン」  目を見開いたまま何も言えないテンを見て、カプリはまた笑った。 「母ちゃん、ありがとう」  ようやっと、感謝の言葉を絞り出す。 「ふふっ。イケメンな我が子を守るのは親の役目です」  カプリはテンを抱きしめて、やさしく頭を撫でた。 「今回は、あちら側の手先をどうにかしただけなのよ。黒幕が誰か分かったわけではないわ。今しばらく、用心は必要ね。フレアには、わたしから話しておくから心配しないで」 「じゃ、今しばらく、あのブレスレットは外せないんだ……」 「相当苦手なのね」 「めっちゃ痛いんだもん。当然じゃんか」  カプリはテンから身体を離すと、鼻で笑った。 「そのうち、癖になったりしてね」 「まさか」 「朱の泉まで、送るわよ」  カプリはゆっくり泳ぎ出した。 「母ちゃん、そういやオレさ、『ママ』になった」  カプリに竜のことを話しておかなくては。テンはタツマキのことを話そうと思った。 「あらまぁ、何を拾ったの?」 「火の山の、虹の瞳の竜。まだ、こんなにちっちゃいの。オレの歌で孵っちゃったんだ」 「ああ、火を食べる子ね。……主様から聞いたことあるわ」 「母ちゃん……? 主様の言うことが解るの?」  カプリは斜に振り向いてテンの顔をチラ見した。 「ひみつー」 「ええ? 秘密も何も、さっき聞いたことがあるって!」  困惑まじりのテンの抗議を、カプリは華麗にスルーした。 「で、何て名前つけたの? その竜の子に」 「あ、えっと『タツマキ』」 「風の歌が好きな子なのね」  カプリは体をひねって一回転した。 「いつか、この海域の空を舞うこともあるでしょうね。大事に育てなさいね」  まだ、誰にも頭が上がらない。未だ解らないことだらけで庇護される存在であることを自覚するしかない。だから、今、自分が自分であることをしっかり刻んで、せめて揺らがないようにしよう。  光の網目が広がる天井の下を朱の国の泉に向かって、テンとカプリは泳いでいった。                          < 終わり >   
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