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テンはそっとヘンルーダから距離を取ろうと体をひねった。
それに気づいたヘンルーダの手が翻り、一瞬で広がった甘藻がテンの身体をがんじがらめにからめ捕る。口まで覆われてテンは声が出せなくなった。
「もっと早くこうすればよかったんだわ。小母様には悪いけれど、このままテンを連れて行くわよ」
ヘンルーダは艶然と笑うと、聞いたことのない歌を口ずさみ始めた。ヘンルーダの背後の空間が歪み真黒な穴が穿たれる。
南の領域に繋がる穴か?
テンは固唾をのんだ。
大丈夫だ、落ち着け……。
自分に言い聞かせると、ヘンルーダの歌に合わせ、低く低くハミングでハモリ始めた。
カプリは腕を組み、落ち着きを払った不動の姿勢のままヘンルーダを見ている。
「……そこまで強硬な態度なら、こちらも同様に対処するしかなさそうね」
何故か、カプリは哀れみの表情でヘンルーダを見た。
「テンがやさしかった? そうね、あなたの毒に毒で返すことはできなかったから。体格で劣っていて一族の中で一等下に見られていたあなたが、更に格下と見下すことのできたのはテンだけだったものね。わたしが気が付かなかったとでも? 年上の子たちをそそのかしてテンを危険な遊びにまきこんだのも、あなた。うちの子が『きれいになったね』なんて、言えるわけがないじゃないの。とうにあなたの毒に気が付いて、何も言い返せなくなっていたのだもの。そのテンが、誰もがうらやむような能力を得ていることを知って、今、あなたはどんな気持ち? テンをそちら側に引き込むためのコマとして利用されているだけなのに、認めてもらったと勘違いして有頂天になっているあなたは、今、どんな気持ちなの?」
カプリの言葉に、愕然としたヘンルーダはいつの間にか声が出なくなっていた。テンの低いハミングだけが続く。空間の歪みは次第に閉じていった。
「さよなら、ヘンルーダ」
カプリの声と同時に、あたりがたちまち暗くなった。主様が現れたのだ。
主様の触手が目にもとまらぬ速さでヘンルーダを捕らえたかと思うと、一気に引き込んだ。
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