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迷える羊
朱の国の木霊の精霊領域。ザクロたちが住処として借りている洞窟の中。
ツキシロの目の前に、しょぼくれて膝を抱えているテンが居る。お二人水入らずで過ごしているところ誠に申し訳ないけど、しばらくここに置いてくれ、と言ったまま、ずっとこの調子だ。ものすごく訳アリなのは察するが、自分から言い出さないので声を掛けづらい。
「そんな、オレ等に遠慮しなくてもいいのに」
と言いながら、後ろから両腕を回して肩を抱いてきたザクロのみぞおちに、ツキシロは容赦なく肘鉄をくらわした。
「ばか。遠慮の原因は、お前のそういうとこだぞ。ちっとは自重しろ」
「ぅぐ……ちょっとはその暴力的なの、自重して……」
ツキシロは、ザクロをギロリと睨んだ。
「………すんません」
ペコペコ頭を下げるザクロを見て、ようやっとテンはクスッと笑った。それに気付いて、ザクロとツキシロは、どちらともなく小さな安堵の溜息を洩らした。
「とりあえず気が済むまでここに居ればいい。そのかわりいっぱい働いてもらうけどな」
ツキシロが言うと、ザクロがその隣に座りながらテンに笑顔を向けた。
「火の山周辺を探索する時の助っ人が欲しいと思ってたんだ。ツキシロ、案外と非力でさ。すぐへばるんだよ」
「なっ! 人聞き悪い言い方すんな! 延々と絶壁にハーケンを打つとか、普通、男でも音を上げる案件だぞ」
「しょうがないじゃないか。お前、道具使わないと崖を下りられないんだから」
「命綱一本でひょいひょい崖を行き来する運動神経を誰もが持っていると思うな」
「……なんか、オレ、ザクロさんの手伝いしたらすごいとこに連れてかれる?」
テンが恐る恐る口をはさんだ。
「心配するな。こうしてツキシロですらも無事生還している」
ニコニコ笑っているザクロの隣で、ツキシロが不満げに口を尖らせる。
「言葉の端々で喧嘩売られてる気がするんだよなぁ……」
「それは、被害妄想ってヤツだ。一々勘繰らずに素直になれ」
「……やっぱ、喧嘩売ってんじゃん」
「ありがとう……」
「「え?」」
テンの言葉に、ザクロとツキシロは思わず顔を見合わせ、次いで、うつむきがちのテンを見た。
テンは、半べそをかいて上目遣いに二人を見上げた。
「二人が……いつも通りで安心する。すごく、うれしい。すごく……」
言いながら、目の端に涙が盛り上がる。
「うわ! テン、泣くな! どうした!」
「なんだ、こいつ。今の会話のどこに泣く要素があったんだ?」
慌てる二人の前で、テンは自分の目をグシグシとこすると、大きく深呼吸した。
「明日からガッツリ働くので、なんでも言いつけてください!」
「う……」
「あ、ああ……」
結局、ザクロたちは、テンが来た理由を何一つ突っ込めないまま、頷いた。
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